スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
窪木 一茂(くぼき かずしげ、1989年6月6日 - )は、… 窪木 一茂(くぼき かずしげ、1989年6月6日 - )は、福島県石川郡古殿町出身の自転車競技選手、競輪選手。ロードレースとトラックレースの双方に出走しており、トラックレースにおいてはスクラッチで世界チャンピオンになるなど、国際的に活躍している。 競輪選手としては、日本競輪選手養成所(以下、養成所)119期生。日本競輪選手会福島支部所属。ホームバンクはいわき平競輪場。師匠は須永優太(94期)。 小学校ではサッカーを4年間続け、福島県大会で優勝。中学校ではバスケットボール部に入部し、3年時には主将になる。同時に陸上競技の特設駅伝部にも入っていた。 学校法人石川高等学校に入学後、自転車競技部に入部。
金澤 竜二(かなざわ りゅうじ、1985年9月4日 - )は… 金澤 竜二(かなざわ りゅうじ、1985年9月4日 - )は、福島県白河市出身の競輪選手。日本競輪学校第91期生。 競輪学校の同期生でもある金澤幸司は双子の兄。 師匠は添田広福(競輪学校49期生)。兄・幸司の師匠は班目秀雄であり、同門ではない。 学校法人石川高等学校時代の2003年、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)の3kmインディヴィデュアル・パーシュート(3㎞個人追抜)で優勝。 2005年、競輪学校に入校。同年7月に行われた同校第1回記録会において、同校史上6人目のゴールデンキャップを獲得した。競輪学校における在校競走成績は第21位(9勝)。 2006年7月5日、大宮競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。
桐生 卓也(きりゅう たくや、1983年3月9日 - )は、… 桐生 卓也(きりゅう たくや、1983年3月9日 - )は、福島県石川郡出身の元競輪選手。日本競輪学校第89期生。弟は競艇選手の桐生順平。師匠は添田広福(49期)。 学法石川高校出身。競輪学校時代の競走成績は54位(5勝)。 2004年7月9日、立川競輪場でデビューし6着。初勝利は同年7月11日の同場。 2007年に函館競輪場で行われたふるさとダービーに出場。 2012年4月に前橋競輪場で落車。その後は落車の後遺症を抱えたまま競走に挑んでいた。 2014年2月6日、選手登録削除。当時の級班はA級1班だった。通算成績は709戦179勝。優勝12回。
山崎 芳仁(やまざき よしひと、1979年6月12日 - )… 山崎 芳仁(やまざき よしひと、1979年6月12日 - )は競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属、ホームバンクはいわき平競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第88期生。師匠は添田広福。血液型はAB型。福島県いわき市出身。長男の山崎歩夢(125期)、弟の山崎司(95期)も競輪選手。 学校法人石川高等学校を卒業後、5回目の受験で競輪学校に合格。本人曰く、度々受験に失敗した理由は学科試験にあるといい、「学科試験のなくなった今なら一発で合格していましたよ」と回想している。 初出走は2003年7月14日の西武園競輪場で、初勝利は同開催の翌日。デビューの1年後にS級に特別昇級し、2005年のヤンググランプリで優勝。
佐藤 慎太郎(さとう しんたろう、1976年11月7日 - … 佐藤 慎太郎(さとう しんたろう、1976年11月7日 - )は、日本の競輪選手である。福島県東白川郡塙町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第78期卒業。日本競輪選手会福島支部所属。選手登録番号13162。師匠は添田広福。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。初出走は1996年8月14日のいわき平競輪場で初勝利も同レース。2019年KEIRINグランプリ優勝。血液型はAB型。 小学生時代はソフトボールをやっており、中学では野球部に所属していた。学校法人石川高等学校を経て、競輪学校には2度目の受験で合格し第78期生として入学。 デビューしばらく後、追込戦法に転向してからは名を知られるようになり、2003年の読売新聞社杯全日本選抜競輪(高知)では目標不在の単騎で番手を取り切ってGI初優勝。
榊枝 輝文(さかきえだ てるふみ、1976年8月9日 - )… 榊枝 輝文(さかきえだ てるふみ、1976年8月9日 - )は、福島県石川郡平田村出身で、日本競輪選手会福島支部に所属する競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第79期生。師匠は添田広福(競輪学校第49期生)。ホームバンクは泉崎国際サイクルスタジアム。 学校法人石川高等学校在籍時代の1994年、富山競輪場で行われた全国高等学校総合体育大会自転車競技大会・1kmタイムトライアルで優勝。また同年に豊橋競輪場で行われた国民体育大会の同種目(少年の部)でも優勝した。 1997年4月19日、いわき平競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝。 2004年、オールスター競輪(西武園競輪場)で決勝に進出(7着)。
金古 将人(かねこ まさと、1972年3月27日 - )は、… 金古 将人(かねこ まさと、1972年3月27日 - )は、日本の競輪選手。福島県いわき市小名浜出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第67期生。現在は日本競輪選手会専務理事(福島支部長兼務)、日本自転車競技連盟常務理事。ホームバンクはいわき平競輪場。血液型A型。師匠は佐久間信司郎。 学校法人石川高等学校在学中から国体の自転車競技で数々の優勝を果たし、世界ジュニア選手権にも出場したことから、競輪学校には技能試験免除で入学した。在学中は、当時制定されたばかりのゴールデンキャップを初めて獲得した。 初出走は1991年4月14日の別府競輪場で、初勝利も同レース。デビュー後も実力を遺憾なく発揮し、デビュー後わずか1年半の1992年11月には花月園競輪場にて記念競輪(GIII)を初優勝した。
長谷部 純也(はせべ じゅんや、1966年11月19日 - … 長谷部 純也(はせべ じゅんや、1966年11月19日 - )は、元競輪選手。日本競輪学校第57期卒業。現役時は日本競輪選手会茨城支部所属。師匠は樫村行雄(30期)。 学校法人石川高等学校在学中、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会で1983年に団体追抜、1984年にポイントレースを優勝する。卒業後は日本競輪学校に57期生として入学し、同期に坂本勉・波潟和男・梶應弘樹らがいる中で、在校競走成績は坂本に次いで2位だった。卒業後は1986年5月3日に花月園競輪場でデビューし6着。初勝利は同年5月4日の同場だった。 1988年のオールスター競輪(岸和田競輪場)で決勝3着となり、直後に2度目の出場となった全日本新人王戦(小倉競輪場)決勝で、同期の坂本らを破って優勝した。
我妻 広一(あづま こういち、1966年10月24日 - )… 我妻 広一(あづま こういち、1966年10月24日 - )は、元競輪選手。福島県郡山市出身。現役時は日本競輪選手会福島支部に所属。 学校法人石川高等学校在籍時の1984年、全国高等学校総合体育大会自転車競技大会・個人追抜で優勝。 その後、日本競輪学校第65期生(同期に、吉岡稔真、海田和裕、後閑信一らがいる)を経て、1990年4月7日、伊東温泉競輪場でデビュー(競走棄権)。初勝利は同年6月3日の熊本競輪場。 2012年3月31日の宇都宮競輪場第2R・A級チャレンジ一般戦7着を最後の競走とし、同年4月5日に選手登録消除。通算成績1916戦204勝。
添田 広福(そえた ひろよし、1958年6月19日- )は、… 添田 広福(そえた ひろよし、1958年6月19日- )は、日本競輪選手会・福島支部に在籍していた元競輪選手。日本競輪学校第49期生。学校法人石川高等学校、中央大学出身。 アマチュア時代、1978年、1979年の世界自転車選手権・トラックレースに出場の他、78年、タイ・バンコクで開催されたアジア競技大会では個人追い抜きに出場し、3位入賞を果たしている。 競輪選手としては1982年5月1日、前橋競輪場でデビューし6着。その後、S級に在籍した経験もあるが、特筆すべき戦績は収めていない。2008年6月29日開催のいわき平競輪6レースをもって引退。選手登録削除日は同年7月4日。通算勝利数226、通算優勝回数23。