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山浅 龍之介(やまあさ りゅうのすけ、2004年4月21日 … 山浅 龍之介(やまあさ りゅうのすけ、2004年4月21日 - )は、秋田県本荘市(現:由利本荘市)出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 由利本荘市立小友小学校2年時に「小友ジグザグ野球スポーツ少年団」で軟式野球を始めたことがきっかけで、将来のプロ(NPB)入りを志していた。 「小友ジグザグ」はかつて「学童野球の東北大会における常連」と呼ばれるほどの強豪チームであったが、由利本荘市の界隈で少子化が進んでいる影響で、山浅が入団した時点では6年生が対象の大会に3年生を出さざるを得ないほどにまで団員が減っていた。山浅の同期生がチームに1人しかいなかったこともあって、本人は3年時から、東北楽天ゴールデンイーグルス(楽天野球団)が秋田市内で運営している「楽天イーグルスアカデミー ベースボールスクール」の秋田校にも通学。
舘池 亮佑(たていけ りょうすけ、2003年1月3日 - )… 舘池 亮佑(たていけ りょうすけ、2003年1月3日 - )は、東京都出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。ルートインBCリーグの山梨ファイアーウィンズ所属。 東京都日野市出身。小学校2年生から野球を始める。日野市立大坂上中学校から福島県の聖光学院高等学校に進学。2年時に元ヤクルト林昌勇投手を参考にして、手足の長さを生かしたサイドスローに転向。3年時は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、全国高等学校野球選手権大会が中止に。独自大会として開催された福島2020夏季高等学校野球大会では、背番号「1」を着けチームを優勝に導く。大会では5戦全てに登板し3完投、わずか3失点であった。
湯浅 京己(ゆあさ あつき、1999年7月17日 - )は、… 湯浅 京己(ゆあさ あつき、1999年7月17日 - )は、三重県尾鷲市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。 NPBにおける史上初・史上唯一の独立リーグ出身の投手タイトル受賞者かつ国際大会日本代表投手。 尾鷲市立尾鷲小学校4年時から「尾鷲野球少年団」で野球を始め、尾鷲市立尾鷲中学校時代は「伊勢志摩ボーイズ」でプレー、主に内野手を務めた。小学校時代のチームメイトには1学年下に石伊雄太、2学年下に上田大河が居て、石伊とは同じ中学に通っていた。 聖光学院高校への進学後まもない1年の5月に成長痛による腰痛を発症、完治するまでの間はマネージャーへの転身を余儀なくされた。2年秋に投手として選手に復帰し11月の練習試合で初登板、3年春の県大会で公式戦デビューを果たし、同大会決勝戦での先発にも抜擢された。
知野 直人(ちの なおと、1999年2月16日 - )は、新… 知野 直人(ちの なおと、1999年2月16日 - )は、新潟県三条市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 小学3年から野球を始め、中学時代は三条リトルシニアでプレーをした。高校は福島県の聖光学院高に進学し、1年秋からベンチ入りするも徐々に野球に集中できなくなり、3年夏の福島大会ではベンチを外れ、3年秋に中退。その後、通信制の第一学院高へ転校。高校卒業資格を取得後、地元・新潟へ戻り、再び野球を始める決意を固めた。 2017年に新潟アルビレックスBCに練習生として入団。7月13日に選手契約を結んだ。元プロ野球選手の草野大輔コーチから徹底的に打撃や守備の指導を受けると才能が開花し、28試合に出場し、打率.350、4本塁打、21打点、8盗塁の成績を残した。
鈴木 駿輔(すずき しゅんすけ、1998年6月12日 - )… 鈴木 駿輔(すずき しゅんすけ、1998年6月12日 - )は、東京都練馬区出身のプロ野球選手(投手)。CPBLの富邦ガーディアンズ所属。 練馬区立中村小学校2年の時に野球を始め、練馬区立中村中学校在学時はボーイズリーグの麻生ジャイアンツボーイズに所属。 中学卒業後は、福島県にある聖光学院高等学校に進学。2年秋から外野手としてベンチ入りし、冬からは投手を兼任するようになる。3年夏には第98回全国高等学校野球選手権大会に出場し、4番打者としてベスト8入りに貢献。3回戦の東邦戦ではぶっつけ本番で投手として先発し、藤嶋健人と投げ合い、9回2失点で完投勝利をおさめた。 高校卒業後は青山学院大学に進学し、同校硬式野球部に入部。
佐藤 都志也(さとう としや、1998年1月27日 - )は… 佐藤 都志也(さとう としや、1998年1月27日 - )は、福島県いわき市出身のプロ野球選手(捕手、内野手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 いわき市立平第六小学校3年時に、地域の子ども会でソフトボールを始め、5年時からは「みまやスポーツ少年団」で本格的にプレーし始めた。いわき市立平第二中学校で軟式野球部に所属。最初は遊撃手だったが、東日本大震災の影響で5人ほど転校してきたためメンバーを外れ、2年時から捕手となる。 聖光学院高等学校では2年、3年時に夏の甲子園に出場。プロ志望届を提出し、ドラフト会議当日には地元のテレビ局が生中継を行うなど、注目を集めていたが指名球団はなかった。2学年先輩に園部聡、1学年先輩に船迫大雅と八百板卓丸、2学年後輩に湯浅京己がいた。
八百板 卓丸(やおいた たくまる、1997年1月17日 - … 八百板 卓丸(やおいた たくまる、1997年1月17日 - )は、福島県福島市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。2019年のみ登録名を卓丸としていた。 福島市立鎌田小学校1年生の時に野球を始めた。福島第三中学校在学中は投手、内野手として「のだまクラブ」でプレーし、3年生時には全国大会に出場した。 聖光学院高校では、2年秋にベンチ入り。3年生時の夏の甲子園では全4試合に「1番・左翼手」として出場、計15打数8安打、打率.533を記録した。敗退した準々決勝・日本文理高校戦では飯塚悟史から3安打を放った。高校時代の2学年上に岡野祐一郎、1学年上に園部聡、同期に船迫大雅、1学年下に佐藤都志也がいる。
船迫 大雅(ふなばさま ひろまさ、1996年10月16日 -… 船迫 大雅(ふなばさま ひろまさ、1996年10月16日 - )は、宮城県刈田郡蔵王町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 蔵王町立永野小学校で3年生の時に野球を始め、蔵王町立円田中学校では軟式野球部に所属していた。また、小学4年生の時には野球教室で原辰徳と初対面したと語っている。 聖光学院高等学校に進学後、チームは2年春の第85回記念選抜高等学校野球大会、夏の第95回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、自身はベンチ外だった。3年夏に出場した第96回全国高等学校野球選手権大会ではエースとして活躍し、チーム史上初となる1大会3勝を挙げてのベスト8進出に貢献した。同学年に八百板卓丸、1学年上に園部聡、1学年下に佐藤都志也がいた。
園部 聡(そのべ さとし、1995年11月10日 - )は、… 園部 聡(そのべ さとし、1995年11月10日 - )は、福島県いわき市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)。 いわき市立勿来第一小学校5年生の時にソフトボールを始めると、いわき市立勿来第一中学校では軟式野球部の「いわき松風クラブ」に所属。全国大会では、準々決勝への進出を経験した。内田靖人は同クラブでチームメイトだった。 聖光学院高等学校への進学後は、1年時から4番打者に起用。2年時の春から3年時の夏までは、4季連続で阪神甲子園球場の全国大会へ出場した。2年春の第84回選抜大会では、「4番・一塁手」として2試合に出場すると、通算打率.429(7打数3安打)、1打点を記録。夏の第94回選手権全国大会でも、「4番・一塁手」として2試合に出場すると、通算打率.500(6打数3安打)、1本塁打、4打点という成績を残した。
岡野 祐一郎(おかの ゆういちろう、1994年4月16日 -… 岡野 祐一郎(おかの ゆういちろう、1994年4月16日 - )は、宮城県石巻市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校3年から野球を始め、中学校は石巻中央シニアに所属する。 高校は聖光学院に進学し、1年秋にベンチ入りを果たすも、公式戦初登板は2年秋であった。3年になると春夏連続で甲子園出場し、第84回選抜高等学校野球大会では、1回戦で鳥羽高校と対戦し、2安打完封と好投し同校の選抜初勝利に貢献する。続く2回戦では柳裕也、田原啓吾、樋口龍之介ら擁する横浜高校と対戦するも、15安打7失点と崩れて1対7で敗北する。第94回全国高等学校野球選手権大会では1回戦で前年度優勝の日大三高と対戦し9回1失点で完投勝利を収めるが、2回戦の浦和学院戦では3回9安打6失点と炎上し、チームは4対11で敗退する。
遠藤 雅洋(えんどう まさひろ、1993年9月27日 - )… 遠藤 雅洋(えんどう まさひろ、1993年9月27日 - )は、神奈川県出身の元社会人野球選手(内野手)。 東海大学付属相模中学校(現在の東海大学付属相模高等学校中等部)時代は横浜瀬谷ボーイズでプレー。 高校は福島県の聖光学院高等学校に進学。同級生には歳内宏明がいる。自身は4番・一塁として歳内らとともに過去最高のベスト8に貢献した。高校在学時には東日本大震災を経験している。 高校卒業後は東都大学野球連盟の亜細亜大学に進学。2015年秋季リーグではMVPを獲得。東都大学通算本塁打は11本。 大学卒業後は社会人野球のHondaに入社。レギュラーとして活躍。2019年シーズンをもって現役を引退した。
歳内 宏明(さいうち ひろあき、1993年7月19日 - )… 歳内 宏明(さいうち ひろあき、1993年7月19日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。羽田エキスパートエージェンシーとエージェント契約を結んでいる。 尼崎市立小園小学校3年時から「猪名川エンジェルス」で軟式野球を始めると、中学生時代にはボーイズリーグの宝塚ボーイズに所属した。 オリックス・ブルーウェーブの打撃投手時代にイチローの練習パートナーとして知られた当時の宝塚ボーイズ監督・奥村幸治の勧めで、中学卒業後は福島県の聖光学院高校へ進学。1年生だった2009年の秋からベンチ登録を果たしたものの、対外試合の登板では、打たれ出すと止まらなくなる傾向が見られた。 2010年には、2年への進級当初まで4番手・5番手の投手として扱われていたが、6月にスプリットの投げ方を身に付けたことから状況が好転。
横山 貴明(よこやま たかあき、1991年4月10日 - )… 横山 貴明(よこやま たかあき、1991年4月10日 - )は、福島県双葉郡浪江町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 浪江町立大堀小学校2年生の時に野球をスタート。当初のポジションは内野手であったが、相双中央シニアに所属していた中学生時代に投手へ転向した。相双中央シニア時代のチームメイトに、赤間謙(浪江町と同じ双葉郡内の楢葉町出身)がいる。 中学卒業後に聖光学院高等学校へ進学。野球部の2学年後輩に、歳内宏明がいる。在学中には、2年の春・夏および、3年夏に甲子園球場の全国大会へ出場。2年春の選抜大会では、東浜巨・嶺井博希を擁する沖縄尚学高校との初戦に代打で出場しただけで、チームも敗退した。2年夏の選手権大会では、藤井宏政がいた兵庫県立加古川北高等学校との初戦(2回戦)に救援で登板すると、1回を無失点に抑えてチームを初戦突破に導いた。