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服部 正一郎(はっとり しょういちろう、1907年11月17… 服部 正一郎(はっとり しょういちろう、1907年11月17日 - 1995年3月20日)は、日本画家、日本芸術院会員。茨城県出身。 茨城県稲敷郡龍ケ崎町(現龍ケ崎市)出身。旧制龍ヶ崎中学(現茨城県立竜ヶ崎第一高等学校)在籍中は弓道部で活躍したという。1929年(昭和4年)の第16回二科展で「庭」が初入選。 1967年(昭和42年)の第52回二科展に出品した「水郷」によって翌年に日本芸術院賞を受賞。 1987年(昭和42年)に日本芸術院会員となる。1992年、勲三等瑞宝章受章。 1995年(平成7年)3月20日に茨城県取手市の取手協同病院で死去。
鈴木 草牛(すずき そうぎゅう、1905年〈明治38年〉7月… 鈴木 草牛(すずき そうぎゅう、1905年〈明治38年〉7月15日 - 1988年〈昭和63年〉1月8日)は、20世紀に活動した日本画家。1948年から20年間は教師としても活動。 茨城県稲敷郡牛久村(現在の牛久市)に生まれる。1926年、東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)日本画科に入学した。1929年、第4回茨城美術展で初入選を果たす。みやこ新聞社、茨城新聞社で記者として働く。1948年から母校である茨城県立龍ヶ崎中学校(現在の竜ヶ崎第一高等学校)に美術教師として20年間奉職した。1962年、65年は茨城県美術展運営委員を務める。1968年には新興美術院理事を務める。1972年から数度に渡り外遊した。
永田春水(ながた しゅんすい、1889年2月18日 - 19… 永田春水(ながた しゅんすい、1889年2月18日 - 1970年5月1日)は、日本画家。本名は永田良亮。 1889年(明治22年)2月18日、茨城県北相馬郡相馬町(現取手市藤代)に生れる。1907年、茨城県立龍ケ崎中学校(現 茨城県立竜ヶ崎第一高等学校・附属中学校)を卒業後、一家で上野池之端へ移る。荒木寛畝、寺崎広業、結城素明に師事。1913年に東京美術学校(現:東京藝術大学)日本画科を卒業後、国華社に入り古画研究に従事した。1920年に渡欧して仏画模写などに約1年間たずさわった。1924年の日華連合展では国賓として北京に招かれ、出品作は袁世凱中華民国大統領が買い上げた。第6回帝展出品作「花柘榴・立葵」はフィラデルフィア万博に出品され、同地美術館に収蔵。