スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
清水 麻成(しみず まなと、2005年10月6日 - )は、… 清水 麻成(しみず まなと、2005年10月6日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 中学時代は軟式野球部に所属し、強肩を活かして主に外野手を務めていた。 樹徳高等学校に進学し、投手に転向した。2年夏に出場した第104回全国高等学校野球選手権大会では背番号10でベンチ入りしたが登板はなく、チームも初戦で明豊に敗れた。その後3年春からエースを務めた。同年夏は群馬大会準決勝で前橋商業に敗れた。 2023年10月26日に開催されたドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから育成2位指名を受け、11月15日、支度金300万円、年俸340万円で入団に合意した(金額は推定)。
帰山 侑大(きやま ゆうだい、2003年6月10日 - )は… 帰山 侑大(きやま ゆうだい、2003年6月10日 - )は、群馬県桐生市出身の陸上競技選手。ヤクルト陸上競技部所属。 桐生市立北小学校、桐生市立清流中学校、樹徳高等学校、駒澤大学卒業。 第99回箱根駅伝では6区候補だったが、同学年の伊藤蒼唯が走ったため出番はなかった(伊藤は区間賞を獲得した)。 第100回箱根駅伝では6区を担当。首位の青山学院大学と2分38秒差の2位でスタートしたが、序盤からペースが上がらず区間12位に沈み、差を4分17秒まで広げられた。 第36回出雲駅伝では2区で区間4位だったが、第56回全日本大学駅伝ではメンバーから外れた。 第101回箱根駅伝では1区を任される。開始早々に飛び出した中央大学の吉居駿恭以外は一団となって進むスローペースな展開となる。
戸室 達貴(とむろ たつき、1994年9月9日 - )は、日… 戸室 達貴(とむろ たつき、1994年9月9日 - )は、日本の元ラグビー選手。 2013年、樹徳高校卒業後、大東文化大学に入学する。 2016年、大東文化大学ラグビー部の副将に就任した。 2017年、大東文化大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。 2018年10月8日に行われたジャパンラグビートップリーグ総合順位決定トーナメント2回戦のリコーブラックラムズ戦にて途中出場で公式戦初出場を果たす。 2023年、現役を引退した。
井野 優(いの まさる、1991年10月12日 - )は、日… 井野 優(いの まさる、1991年10月12日 - )は、日本の男性声優。群馬県出身。パワー・ライズ所属。 私立樹徳高等学校出身。アミューズメントメディア総合学院卒業後に青二プロダクションに所属。 2017年5月5日付けでパワー・ライズへ移籍。 趣味にはバスケットボール、トレーディングカードゲーム、燻製作りをそれぞれ挙げている。 声優を目指したきっかけは高校生の頃に友人の影響でアニメを見るようになり、そこから声優に興味を持ったことから。 太字はメインキャラクター。
長川 真也 (ながかわ しんや、1987年10月6日 - )… 長川 真也 (ながかわ しんや、1987年10月6日 - )は、日本のプロ野球審判員。 樹徳高等学校から国士舘大学を経て2013年3月1日に日本野球機構審判部に入局。審判員袖番号は入局から2015年までは60、2016年からは31。 2024年にはオールスター初出場を果たし、第2戦(7月24日、神宮)で球審を務めた。 2026年3月14日に行われたDeNA対ソフトバンクのオープン戦(横浜スタジアム)で球審を務めた長川は、3回裏2死三塁の場面で、栗原陵矢が打った打球を二ゴロに打ち取ったが、ボールを持たなかった投手の東克樹が、打者走者の走塁を妨げた事により、走塁妨害と判定し、三塁走者の正木智也は得点となり、自ら場内説明を行った。
谷田部 洸太郎(やたべ こうたろう、1986年7月29日 -… 谷田部 洸太郎(やたべ こうたろう、1986年7月29日 - )は、日本の元ラグビー選手。 15歳からラグビーを始めた。 2005年、樹徳高校卒業後、国士舘大学に入る。 2009年、国士舘大学卒業後、パナソニック ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)に加入。 2010年、アジア大会の7人制日本代表に選ばれ、金メダル獲得に貢献。 2014年8月22日に行われたジャパンラグビートップリーグ第1節の東芝ブレイブルーパス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。 2016年4月30日に行われた2016年アジアラグビーチャンピオンシップ第1戦韓国戦で先発出場で日本代表初キャップを獲得した。 2017年2月にはサンウルブズに追加招集された。
山本 紘史(やまもと ひろし、1986年4月28日 - )は… 山本 紘史(やまもと ひろし、1986年4月28日 - )は、日本の元ラグビー選手。 16歳からラグビーを始めた。 2005年、樹徳高校卒業後、明治大学に入る。 2009年、明治大学卒業後、東芝ブレイブルーパスに加入。同年10月11日に行われたジャパンラグビートップリーグ第5節のリコーブラックラムズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2021年、現役を引退した。
岡田 慎吾(おかだ しんご、1983年9月12日 - )は、… 岡田 慎吾(おかだ しんご、1983年9月12日 - )は、群馬県桐生市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 7歳でバスケットボールを始める。桐生市立東中学校を卒業後、樹徳高等学校に進学。2001年、高校3年生の時、ウィンターカップに出場し、3回戦まで勝ち進む。1回戦の高知工業高校戦では38得点、2回戦の高岡工芸戦では27点、3回戦の福岡大大濠戦では33得点を挙げる。 國學院大學を経て2006年にJBLのオーエスジーフェニックス東三河に加入。背番号10。2008-09シーズン、チームがbjリーグに転籍。背番号11に変更。(2009年8月 太田敦也らとドラマブザービート撮影)。
菊地 和正(きくち かずまさ、1982年6月27日 - )は… 菊地 和正(きくち かずまさ、1982年6月27日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ。株式会社S.G.R企画代表取締役。 中学時代はオール前橋ボーイズで大廣翔治とチームメイト。樹徳高校時代は控え。地元の上武大学に進学し、エースとして活躍。3、4年と大学選手権、4年秋は明治神宮大会出場。 140km台後半のストレートと切れのある変化球のコンビネーションがスカウトの目に留まり、2004年のプロ野球ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズから6巡目で指名を受け入団。上武大学出身者として初のプロ野球選手となった。 2005年9月25日のオリックス戦でプロ入り初登板。3年目の2007年シーズンまでは二軍で過ごすことが多く、一軍では登板する機会が殆どなく、2008年は11試合の登板で防御率9.90に終わった。
勝見 壮史(かつみ そうし、1979年8月12日 - )は、… 勝見 壮史(かつみ そうし、1979年8月12日 - )は、群馬県前橋市出身の元サッカー選手。朝日新聞記者。 現役時代のポジションは、DF。 的確なコーチング、ポジショニング、カバーリングで勝負し、ヘディングに自信を持つ。 大学時代の同期に野嶋良がいる。 現役引退後、朝日新聞の記者となり、2016年頃からスポーツ部の記者として署名入り記事を執筆するようになった。
岐部 昌幸(きべ まさゆき、1977年10月9日 - )は、… 岐部 昌幸(きべ まさゆき、1977年10月9日 - )は、放送作家・構成作家。吉田正樹事務所所属。血液型はA型。群馬大学社会情報学部卒業。群馬県太田市出身。テレビ番組の構成のほかにも、ワタナベコメディスクールの講師、若手芸人のDVD構成やアンガールズのライブ構成なども手がけている。 主にフジテレビの番組構成を担当することが多い。特に『ゲームセンターCX』(以下、GCCX)は関わっている番組の中で彼が一番好きな番組だという。GCCXでは「有野の挑戦」や数々のミニコーナーに不定期に出演。『ハードのエースが出てこない』『ゲーム&ウオッチほっとけないよ』『もったいないカラー』『キャッチコピーをつかまえて…。
中村 俊介(なかむら しゅんすけ、1975年2月16日 - … 中村 俊介(なかむら しゅんすけ、1975年2月16日 - )は、日本の俳優。所属事務所はRUBBER SOUL。 群馬県吾妻郡草津町出身。樹徳高等学校卒業後、家具屋に就職ののち、雑誌「メンズクラブ」の読者モデルオーディションでグランプリを受賞したことをきっかけに芸能界に入り、1995年にモデルデビューした。 1997年、角川春樹監督の映画『時をかける少女』に出演して俳優デビュー。 2000年、テレビ朝日の時代劇『熱血!周作がゆく』の千葉周作役で、連続ドラマ初主演。 2003年、陣内孝則の自伝的映画『ROCKERS』で映画初主演。同年、『浅見光彦シリーズ』(フジテレビ 金曜エンタテイメント)の主人公・浅見光彦役を榎木孝明より引き継ぎ、同年2月28日放映の第15弾から2018年3月29日放映の第53弾まで、足かけ16年・合計39作で演じた。
戸部 浩(とべ ひろし、1974年7月15日 - )は、群馬… 戸部 浩(とべ ひろし、1974年7月15日 - )は、群馬県桐生市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 樹徳高校2年夏に背番号11で第73回全国高等学校野球選手権大会に同校初出場に導き、2回戦の大阪桐蔭に敗戦。続いて3年夏に第74回全国高等学校野球選手権大会に出場して初戦の近江高に完投勝利するが、2回戦で天理高にサヨナラ負けを喫した。 日本大学へ進学。4年時は2部リーグとなった。東都大学1部リーグ通算25試合登板、6勝12敗、防御率3.33、85奪三振。 東芝府中ではチーム最終年となった都市対抗野球で初戦先発勝利、その後は統合された東芝から1999年のドラフトで千葉ロッテマリーンズから3位指名され、入団。
吉江 豊(よしえ ゆたか、1974年1月5日 - 2024年… 吉江 豊(よしえ ゆたか、1974年1月5日 - 2024年3月10日)は、日本の男性プロレスラー。群馬県前橋市出身。血液型O型。 体重160kgを誇り、その体型を生かした技を使用する。 実兄はかつてWAHAHA本舗に所属していた芸人よしえつねお(貧乏生活で『銭金』に「ビンボーさん」として出演。元「ラジークイーン」)。 前橋市立第三中学校および樹徳高等学校時代は柔道をしており、プロレスラーを目指すために、アニマル浜口トレーニングジムに通いトレーニングを積んだ。 1994年2月に新日本プロレスに入門、同年12月9日に小島聡戦でデビューする。しかしまもなく大怪我を負ってしまい、1年近くリングから遠ざかるという苦労を味わう。
中嶋 常幸(なかじま つねゆき、本名及び旧登録名:中島 常幸… 中嶋 常幸(なかじま つねゆき、本名及び旧登録名:中島 常幸[読み同じ]、1954年10月20日 - )は、群馬県出身のプロゴルファー。愛称は「トミー」。 ライバルの青木功、尾崎将司(ジャンボ)とともに日本男子プロゴルフ界を代表する名選手で、3人の姓を合わせて「AON時代」を築いた。日本ゴルフツアー通算48勝は歴代3位である。 10歳からゴルフを始める。樹徳高等学校を中退し、1973年の日本アマで優勝。1975年12月にプロ入り。1976年のゴルフダイジェストトーナメントで日本ツアー初優勝を飾る。 1978年は、初出場のマスターズの2日目に魔女が棲むといわれるアーメンコーナーの最後の13番ホール(パー5)でクリークに2度捕まり、11オン2パットの13打を叩いた(13番ホール以外の17ホールは全てパープレイ)、セント・アンドルーズ(R&Aゴルフクラブの「オールド・コース」)で行われた全英オープンの3日目には17番ホール(パー4)の第3打のバーディパットがカップをオーバーして「ロード・バンカー」(Road Bunker)に入り、脱出に4打、このホールは9打を叩いて優勝のチャンスを逃し、「ゴルフがこんなにも残酷なスポーツだとは思わなかった。
中嶋 常幸(なかじま つねゆき、1954年10月20日 - … 中嶋 常幸(なかじま つねゆき、1954年10月20日 - )は、群馬県出身のプロゴルファー。バプテスト派のクリスチャン。ライバルの青木功、尾崎将司とともに日本男子プロゴルフ界を代表する名選手で、3人の姓を合わせて「AON時代」を築いた。日本ゴルフツアー通算48勝は歴代3位である。
グラン浜田(グランはまだ、1950年11月27日 - 202… グラン浜田(グランはまだ、1950年11月27日 - 2025年2月15日)は、日本のプロレスラー。本名は濱田 廣秋(はまだ ひろあき)。群馬県前橋市出身。身長167cm、体重90kg。その軽量な体を生かしてルチャリブレを活動の中心としている。最も著名な日本人ルチャドールの1人とされ、日本およびメキシコにおいて顕著な活躍を残している。 娘のソチ浜田、浜田文子も元プロレスラーである。 身長も小さく、ルチャリブレでの活躍とスタイルからシュート系の強さと無縁と思われがちであるが、浜田自身は柔道のミュンヘンオリンピック候補選手であり、その気の強さも相まって昭和新日本プロレスの中でも有数の猛者であった。治安の悪いメキシコで成功した理由に、プロレスセンスの良さとシュートの強さが比例していた背景がある。