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新井 雅博(あらい まさひろ、1960年〈昭和35年〉11月… 新井 雅博(あらい まさひろ、1960年〈昭和35年〉11月6日 - )は、日本の政治家。群馬県藤岡市長(3期)。 群馬県藤岡市出身。群馬県立藤岡高等学校卒業。1983年(昭和58年)3月、日本大学法学部政治経済学科卒業。同年、小渕恵三の秘書となる。1997年(平成9年)、秘書を退職。藤岡市議会議員を2期務める。 2003年(平成15年)、群馬県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2007年(平成19年)の県議選から自民党公認で立候補し、2015年(平成27年)までに計4回当選した。 2018年(平成30年)1月11日、任期満了に伴う藤岡市長選挙に立候補する意向を表明。同年4月22日に行われた藤岡市長選挙に自民党・公明党の推薦を受けて立候補し、元衆議院議員秘書の金沢充隆を破り初当選を果たした。
塚本 昭次(つかもと しょうじ、1936年(昭和11年)10… 塚本 昭次(つかもと しょうじ、1936年(昭和11年)10月13日 - )は、日本の政治家。元群馬県藤岡市長(2期)。旭日双光章受章。 群馬県出身。群馬県立藤岡高等学校卒業。卒業後は藤岡市役所に入る。その後、塚本建設に入社し、常務、専務、副社長となる。 1990年藤岡市長選挙に立候補するが、現職の吉野益に59票差で敗れる。1994年の市長選挙で初当選。1998年に再選。2002年の市長選挙では福田康夫の秘書官だった新井利明に敗れた。 2019年春の叙勲で旭日双光章を受章。
山口 清(やまぐち きよし、1932年〈昭和7年〉12月24… 山口 清(やまぐち きよし、1932年〈昭和7年〉12月24日 - 2015年〈平成27年〉2月5日)は日本の政治家。藤岡市議(2期)、群馬県議(5期)、第75代群馬県議会議長を歴任した。 1932年12月24日、群馬県多野郡美九里村(現・藤岡市)に生まれる。1951年、群馬県立藤岡高等学校(現・群馬県立藤岡中央高等学校)卒業。その後は家業の農林業に従事。 1967年、藤岡市議会議員選挙に立候補して初当選を果たし、2期務めた。市議会では、総務常任委員長、経済副委員長、藤岡市立図書館運営協議会長、多野藤岡広域市町村圏振興整備組合議会副議長、藤岡新町吉井鬼石環境衛生事務組合監査委員を歴任した。 1975年に群馬県議会議員選挙に立候補するも落選。
吉野 益(よしの ます、1918年〈大正7年〉1月15日 -… 吉野 益(よしの ます、1918年〈大正7年〉1月15日 - 2015年〈平成27年〉2月1日)は、日本の政治家。群馬県藤岡市長(4期)。旧姓・塚越。 群馬県藤岡市出身。群馬県立藤岡中学校(現在の群馬県立藤岡高等学校)卒業。東京中央郵便局に2年間勤務した後、1939年(昭和14年)宇都宮野砲兵第20連隊に入営し、中国大陸に派遣され帰国。1943年(昭和18年)吉野家に婿入りする。群馬県経済連に入り、多野支所長、経済連資材、肥料、畜産の各課長、畜産部長、参事を歴任する。その後、全国食肉学校理事、同副校長となる。 1978年(昭和53年)藤岡市長選挙に当選。市長就任後は、畜産の振興など産業育成策を進め、また、小中学校の新校舎の建設や都市計画事業、環境衛生施設の整備など長期的な発展力のある街づくりを目指した。
栗原 俊夫(くりはら/くりばら としお、1909年〈明治42… 栗原 俊夫(くりはら/くりばら としお、1909年〈明治42年〉5月8日 - 1989年〈平成元年〉1月30日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、参議院議員(1期)、群馬県議会議員(2期)、群馬県多野郡小野村長。日本社会党所属。囲碁4段、将棋3段、柔道3段。妻は1932年のロサンゼルスオリンピックに陸上競技80メートルハードルで出場した中西みち。 1909年(明治42年)、群馬県多野郡小野村(現・藤岡市)の農家に、栗原徳次郎・タカの長男として生まれる。群馬県立藤岡中学校、旧制藤岡高等学校を経て1932年(昭和7年)京都帝国大学(京都大学)法学部を卒業。 一時天龍・大ノ里の新興力士団に勤め、その後大阪時事新報社に入社し経済記者として活動した。