スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山口 真吾(やまぐち しんご、男性、1979年11月25日 … 山口 真吾(やまぐち しんご、男性、1979年11月25日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都武蔵野市出身。第24代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。渡嘉敷ボクシングジム所属。叡明高等学校卒業。 高校卒業後、畑山隆則に憧れてプロボクシング界に。所属ジムの会長渡嘉敷勝男は世界を取れなければ、ボクシングをやめても良いとまで発言している。 1998年10月28日、プロデビュー。4R判定で敗れる。次の試合も敗れ3連敗したなら引退しようと考えていた。 2001年12月19日、3戦目から引分を挟み10勝で、日本ライトフライ級王者横山啓介とのノンタイトルマッチに挑み、戦前の予想を覆し10R判定で勝利。
西島 洋介(にしじま ようすけ、1973年5月15日 - )… 西島 洋介(にしじま ようすけ、1973年5月15日 - )は、日本の男性元プロボクサー、元総合格闘家、元キックボクサー。東京都出身。AK所属。第8代WBF世界クルーザー級王者。第6代OPBF東洋太平洋クルーザー級王者。 東京都板橋区生まれ。小学校時は広島市西区井口育ち。少年野球チームに在籍した。埼玉県を経て東京に戻り、小松原高等学校時代は野球部に在籍。通学路にてオサムジムの渡辺治会長からの直接スカウトを受け、同ジムに入門。渡辺治会長は「日本人ヘビー級チャンピオンを育てる」ことを目標として掲げており、その目に留まる形になった。しかし、現実には「見ず知らずの人に、路上で突然『君はヘビー級チャンピオンになれる』と声をかけられた」という。
坂本 博之(さかもと ひろゆき、1970年12月30日 - … 坂本 博之(さかもと ひろゆき、1970年12月30日 - )は、日本の元プロボクサー。福岡県田川市出身。 太い骨格から放たれるパワーのあるパンチで「平成のKOキング」「和製デュラン」とも呼ばれた。日本ならびに東洋太平洋ライト級王座を獲得し、世界ランキングは最高でWBCライト級1位。 幼少時に両親が離婚し、親類に預けられた。生活は極貧だったといい、トイレを使わせてもらえない等の虐待も受けたという。食事は学校の給食のみで、「休みの日は、弟と一緒にザリガニを捕まえ食したこともある。」と坂本は後に語っている。その後、弟が栄養失調で倒れた事をきっかけに虐待が発覚。坂本は弟と共に、福岡市東区の養護施設『和白青松園』に預けられた。
細野 雄一(ほその ゆういち、1969年6月9日 - )は、… 細野 雄一(ほその ゆういち、1969年6月9日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都板橋区出身。角海老宝石ボクシングジム所属。元日本2階級制覇王者(ストロー級、ジュニアフライ級)。身長157cm。 小松原高等学校卒業から9か月後の1988年12月1日、プロデビュー。 1991年5月18日、日本ストロー級王者ロッキー・リン( 台湾/ロッキー)に挑戦し、判定負けで王座獲得ならず。 1992年2月22日、韓国・ソウルのヒルトン・ホテルでWBA世界ストロー級王者崔煕庸( 韓国)に挑戦し、10回TKO負けで王座獲得ならず。 1992年10月11日、後楽園ホール、日本ストロー級王座決定戦で玉城信一( 日本/帝拳)と対戦し、判定勝ちで王座を獲得。