スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
望月 衣塑子(もちづき いそこ、1975年7月16日 - )… 望月 衣塑子(もちづき いそこ、1975年7月16日 - )は、日本のジャーナリスト、時事系YouTuber、TikToker。 『東京新聞』の発行元である中日新聞東京本社編集局デジタル編集部に記者として在籍している。 弟は演出家、脚本家、俳優の望月龍平。 東京都生まれ。父親は業界紙の記者、母親は演劇関係者だった。東京学芸大学附属大泉小学校では、在学時に児童劇団に入団。小学6年生で地元の児童劇団の発表会で、ミュージカル『アニー』の主役を演じた。将来は舞台女優になることを望んでいた。東京学芸大学附属大泉中学校では、在学時に母に薦められて読んだ吉田ルイ子の『南ア・アパルトヘイト共和国』に衝撃を受け、将来、新聞記者を志すようになった。
尾形 聡彦(おがた としひこ、1969年 - )は、日本のジ… 尾形 聡彦(おがた としひこ、1969年 - )は、日本のジャーナリスト。元朝日新聞社の新聞記者。特派員として米国のシリコンバレー、ホワイトハウスを主に取材。国際報道部デスク、サンフランシスコ支局長などを歴任した。2022年6月に退社し、同年7月にオンラインメディア「Arc Times」を立ち上げた。 東京都出身。東京学芸大学附属大泉中学校、東京学芸大学附属高等学校卒業。 慶應義塾大学経済学部卒業後、1993年4月に朝日新聞社入社。秋田支局、千葉支局を経て、1998年から経済部記者として財務省、鉄鋼業界、証券業界、流通業界などを担当した。2000年から2001年にかけて、米国のスタンフォード大学客員研究員を務めた。
梅原 淳(うめはら じゅん、1965年(昭和40年)6月6日… 梅原 淳(うめはら じゅん、1965年(昭和40年)6月6日 - )は、日本の鉄道ジャーナリスト。合同会社ウメハラトレイン代表社員、千葉県富津市在住。 東京都世田谷区生まれ。経堂駅の近所に住んでおり、赤ん坊の頃は小田急ロマンスカーをずっと眺めていたという。父の仕事の関係で、杉並区、横浜市、サンフランシスコと転々とする。中学3年の終わりに帰国し、東京学芸大学附属高等学校大泉校舎に入学。高校・大学時代は自転車競技に打ち込む。 青山学院大学経営学部卒業後の1989年、三井銀行に入行。2年後に鉄道雑誌『鉄道ファン』編集者として交友社に入社。ここで4年間勤めたのち1994年に退社、ベンチャービジネス雑誌『頭で儲ける時代』の編集者としてあいであ・らいふに入社。
森田 豊(もりた ゆたか、1963年6月18日 - )は、東… 森田 豊(もりた ゆたか、1963年6月18日 - )は、東京都台東区出身の医師、ジャーナリストである。 医学者・森田浩一郎の長男として東京都台東区谷中に生まれる。秋田大学医学部を卒業後、東大病院で臨床研修を行い、東京大学大学院医学系研究科博士課程を修了した。医師として医療に従事するとともに、メディアにてジャーナリストとして活動を行っている。2025年7月急性骨髄性白血病に罹患し、同年11月に末梢血幹細胞移植を受ける。 医師としての専門は、産婦人科、心療内科、内科全般。板橋中央総合病院在籍中は、医療崩壊をどうやって防ぐか?という問題に取り込み、女性医師の離職防止、勤務時間の徹底、医師の仕事の効率化、チーム医療の導入などを実践した。
枝廣 淳子(えだひろ じゅんこ、1962年11月23日- )… 枝廣 淳子(えだひろ じゅんこ、1962年11月23日- )は、日本の環境ジャーナリスト、同時通訳者、翻訳家。京都府出身。有限会社イーズ代表取締役、環境NGOジャパン・フォー・サステナビリティ代表、有限会社チェンジ・エージェント取締役会長、幸せ経済社会研究所所長。大学院大学至善館教授。 東京学芸大学教育学部附属高校、東京大学教育学部卒業。夫の留学について渡米したことから29歳で英語の勉強を開始。どうせ勉強するならと、同時通訳者を目標に掲げる。以後、通訳や翻訳の仕事を行う中で環境問題に目覚め、環境ジャーナリストとなる。2002年にはジャパン・フォー・サステナビリティを設立、2003年に有限会社イーズを設立、2005年に有限会社チェンジ・エージェントを共同設立し、各代表を務める。
迫田 朋子(さこた ともこ、旧姓:丸山(まるやま)、1956… 迫田 朋子(さこた ともこ、旧姓:丸山(まるやま)、1956年6月16日 - )は、日本のジャーナリスト。ビデオニュース・ドットコム所属。元NHK放送総局番組制作局教育番組センター・チーフディレクター、解説委員、アナウンサー。 神奈川県横浜市出身。中学・高校時代は卓球の選手だった。東京学芸大学附属高等学校、東京大学医学部保健学科卒業。大学卒業後、1980年にアナウンサーとしてNHKに入局。報道番組のキャスターなどを務めた。 その後人事異動により解説委員室に移籍。『あすを読む』、『NHKニュースおはよう日本』など、解説委員室が制作にかかわる番組で医療や社会福祉、教育問題に鋭いメスを入れた解説を行っていた。
西岡 昌紀(にしおか まさのり、1956年〈昭和31年〉 -… 西岡 昌紀(にしおか まさのり、1956年〈昭和31年〉 - )は、日本の医師、ジャーナリスト、小説家。 東京都生まれ。大田区立山王小学校、東京学芸大学附属世田谷中学校、東京学芸大学附属高等学校、北里大学医学部卒業。(「三つのチーク県の民謡」(文芸社2020年)の著者略歴より)元厚生省医務官。専門は脳神経内科。脳梗塞、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など脳神経疾患に関する論文がある。学会発表多数(J-Global参照)。 1990年代後半に、神経内科の領域で 厚生省研究班の班員であった時期がある。日本医事新報に寄稿した「HIVは本当にエイズの原因か?」(日本医事新報 1993年、3619号70-72頁)は、ミルコ・D・ゲルメク著、中島ひかる+中山健夫訳『エイズの歴史』(藤原書店、1993年)に、中山が訳者解説として寄稿した「エイズ解題」において、4ページに渡って紹介、検討されている(同書、441-444頁)。