スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は… 石川 逸子(いしかわ いつこ、1933年2月18日 - )は昭和後期から平成時代の日本の詩人。 東京都生まれ。お茶の水女子大学史学科卒業。中学校教員を務めながら詩作を行い、1961年に詩集『狼・私たち』で第11回H氏賞を受賞。1986年、詩集『千鳥ケ淵へ行きましたか』で第11回地球賞を受賞。2011年、第15回女性文化賞受賞。 1982年から29年間にわたって、季刊ミニコミ誌「ヒロシマ・ナガサキを考える」全100号を発行した。原爆や従軍慰安婦問題をテーマとするなど、社会派の作風。 西田敏行、山田洋次、黒柳徹子らと共に「平和のための戦争展」(日本中国友好協会主催)の呼びかけ人を務めている。
吉原 幸子(よしはら さちこ、1932年6月28日 - 20… 吉原 幸子(よしはら さちこ、1932年6月28日 - 2002年11月28日)は、日本の詩人。 劇団四季で主役を演じたがすぐに退団。詩作に転じ、第一詩集『幼年連祷』(1964年)で室生犀星詩人賞、『オンディーヌ』(1972年)と『昼顔』(1973年)で高見順賞受賞。さめた感性で愛をうたう。「歴程」同人。 東京・四谷生まれ。四人兄妹の末っ子。兄姉の影響で幼い頃から萩原朔太郎や北原白秋の詩に親しむ。東京都立第十高等女学校(のちに東京都立豊島高等学校に改称)時代には演劇・映画に熱中(演劇部の同級生に女優の荻昱子、朗読家の幸田弘子、二年後輩に宝田明がいた)。また国語教師の詩人那珂太郎の奨めで校内文芸誌『果樹園』に詩作「考へ方」「星」ほか3篇を発表した。
小森 香子(こもり きょうこ、1930年2月1日 - 20… 小森 香子(こもり きょうこ、1930年2月1日 - 2023年6月28日)は、詩人、社会運動家。旧姓・相本。代表作は『母の友 2012年 02月号』 『青い空は青いままで子どもらに伝えたい―母と子で語る昭和といま』 『陽子』などがある。 東京雑司ヶ谷生まれ。父は相本修平、母は桂島ふじ(桂島不二の名で雑誌に投稿していた)で、三女として生まれる。東京都立第十高等女学校在学中に学徒動員を経験。空襲で関西へ疎開したが、再び動員される。 神戸女学院家政学部卒業後、大日本紡績本店に勤務するが、レッドパージに遭う。社会主義者の小森良夫(1926年 - 2008年)と結婚し、新日本文学会で詩や小説を発表。1961年から、夫が世界労働本部の常駐スタッフに就任したため4年間プラハに住む。