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多和田 葉子(たわだ ようこ、英語: Yoko Tawada… 多和田 葉子(たわだ ようこ、英語: Yoko Tawada、1960年〈昭和35年〉3月23日 - )は、日本の小説家、詩人。 ドイツに住み、日本語・独語で小説を執筆。日本語作品では『かかとを失くして』で群像新人文学賞、『犬婿入り』(1993年)で芥川賞を受賞。ほかに『球形時間』(2002年)、『雲をつかむ話』(2012年)、『献灯使』(2014年)など。日本芸術院会員。 東京都中野区生まれ。父は東京・神保町のエルベ洋書店を経営していた多和田栄治。国立市で育つ。東京都立立川高等学校、早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社し、ハンブルク大学大学院の修士課程を修了。
吉増 剛造(よします ごうぞう、1939年(昭和14年)2月… 吉増 剛造(よします ごうぞう、1939年(昭和14年)2月22日 - )は、日本の詩人。文化功労者、日本芸術院会員。東京出身。 独特の手法を用い、現代詩壇の先鋭的な詩人として高く評価されている。詩の朗読パフォーマンスの先駆者としても知られる。作品に『黄金詩篇』(1970年)、『オシリス、石ノ神』(1984年)、『怪物君』(2016年)などがある。 東京府下(現杉並区)阿佐ヶ谷に生まれ、福生市に育つ。慶應義塾大学在学中から詩作を試みていた。 現代日本を代表する先鋭的な詩人の一人として高い評価を受けている。『黄金詩篇』『王國』などの初期作品では、エクスクラメーション・マークを連打した疾走感あふれる詩を多数発表した。
清水 哲男(しみず てつお、1938年〈昭和13年〉2月15… 清水 哲男(しみず てつお、1938年〈昭和13年〉2月15日 - 2022年〈令和4年〉3月7日)は、日本の詩人。 東京府東京市中野区(現在の東京都中野区)鷺宮出身。花火研究者の清水武夫は父、詩人の清水昶は弟。 東京都立立川高等学校から、各2年の浪人と留年を経て京都大学文学部哲学科卒業。 京大在学中、大野新らとともに、詩誌『ノッポとチビ』に参加。大学卒業後は、芸術生活社、河出書房、ダイヤモンド社などで編集者として活躍する。 H氏賞を受賞した『水甕座の水』に収録されていた4篇から発展して成立した『スピーチ・バルーン』は、タイトルがすべて「チャーリー・ブラウン」、「ミッキー・マウス」などマンガのキャラクターという当時としては異色の詩集で話題になった。
稲垣 瑞雄(いながき みずお、1932年2月3日 - 201… 稲垣 瑞雄(いながき みずお、1932年2月3日 - 2013年2月23日)は、日本の作家・詩人。 愛知県豊橋出身。東京大学文学部仏文科卒。高校教師となり、東京都立立川高等学校で英語とフランス語を担当。楢信子と職場結婚。1962年創刊の同人誌『ドン』に参加、73年に短編集『残り鮎』を自費出版。74年からは楢信子と二人雑誌『双鷲』を年二回刊行。1984年「曇る時」で作家賞受賞。
村野 四郎(むらの しろう、1901年〈明治34年〉10月7… 村野 四郎(むらの しろう、1901年〈明治34年〉10月7日 - 1975年〈昭和50年〉3月2日)は、日本の詩人。日本現代詩人会会長。理研コンツェルン役員。長男はセイコー株式会社代表取締役社長を務めた村野晃一。 東京北多摩郡多磨村に生まれた。父、兄たちが、それぞれ俳句や短歌を作るという文学的環境に育った。慶大理財科を卒業したが、詩への情熱は強く、1926年に第1詩集『罠』を刊行。ドイツ近代詩の影響を受け、モダニストの立場を鮮明にした。 頭で考えるのではなく、実際の物に即して考えるという新即物主義にもとづいた『体操詩集』は、人間存在と社会と宇宙の関係をとらえた画期的な詩集。戦後は独自の歩みをつづけ、「不在の神への近接」という実存的な詩境に達した。