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寬仁親王妃信子(ともひとしんのうひ のぶこ、1955年〈昭和… 寬仁親王妃信子(ともひとしんのうひ のぶこ、1955年〈昭和30年〉4月9日 - )は、日本の皇族。身位は親王妃。敬称は殿下。お印は花桃(はなもも)。勲等は勲一等宝冠章。旧名は麻生 信子(あそう のぶこ)。三笠宮寬仁親王妃家初代当主。 寬仁親王の妃。寛仁親王は大正天皇の皇孫であり、上皇(明仁)の従弟である。 政治家の大久保利通の玄孫。伯爵・牧野伸顕の曾孫。第45・48 ・49・50・51代内閣総理大臣・吉田茂の孫。第92代内閣総理大臣・麻生太郎の末妹。子女に彬子女王、瑶子女王がいる。 麻生セメント会長・麻生太賀吉の三女として東京都渋谷区松濤町(現・神山町)で出生。母は内閣総理大臣・吉田茂の三女・和子。
憲仁親王妃 久子(のりひとしんのうひ ひさこ、1953年〈昭… 憲仁親王妃 久子(のりひとしんのうひ ひさこ、1953年〈昭和28年〉7月10日 - )は、日本の皇族。学者。高円宮家第2代当主。身位は親王妃。敬称は殿下。お印は扇(おうぎ)。勲等は勲一等。旧氏名は、鳥取 久子(とっとり ひさこ)。 高円宮憲仁親王の妃。憲仁親王は大正天皇の皇孫であり第125代天皇・現上皇明仁の父方のいとこである。 鳥取滋治郎第1女子。子爵・曾我祐邦の曽孫。大阪芸術大学客員教授を務める。日本サッカー協会の名誉総裁。2023年11月1日より公益財団法人日本バドミントン協会の名誉総裁。 東京都港区白金にて三井物産勤務・鳥取滋治郎、二三子(ふみこ)夫妻の長女として誕生。聖心女子学院附属幼稚園に入園。
寬仁親王(ともひとしんのう、1946年〈昭和21年〉1月5日… 寬仁親王(ともひとしんのう、1946年〈昭和21年〉1月5日 - 2012年〈平成24年〉6月6日)は、日本の皇族。身位は親王。敬称は殿下。お印は柏(かしわ)。勲等は大勲位。 大正天皇の皇孫(四男の長男)。 三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第1男子(3男2女のうち第2子)。明仁(上皇)は従兄、徳仁(第126代天皇)は従甥、麻生太郎(第92代内閣総理大臣)は義兄(妃・信子の兄)にあたる。姉に近衞甯子(甯子内親王)、弟に桂宮宜仁親王と高円宮憲仁親王、妹に千容子(容子内親王)がいる。 生前の住居(寬仁親王邸)は、東京都港区元赤坂二丁目の赤坂御用地内にあった。没後の2013年(平成25年)7月31日より、旧寬仁親王邸は「三笠宮東邸」(みかさのみやとうてい)と称されている。
近衞 甯子(このえ やすこ、1944年〈昭和19年〉4月26… 近衞 甯子(このえ やすこ、1944年〈昭和19年〉4月26日 - )は、日本の元皇族。日本赤十字社社長・近衞忠煇の妻。勲等は勲一等。皇籍離脱前の身位は内親王で、皇室典範における敬称は殿下。旧名、甯子内親王(やすこないしんのう)、お印は樟(くすのき)であった。三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第1王女。明仁(上皇)は従兄、徳仁(第126代天皇)は従甥にあたる。弟に寬仁親王、桂宮宜仁親王、高円宮憲仁親王、妹に千容子(容子内親王)がいる。学位は文学士。 幼児期は、貞明皇后(大正天皇の皇后)を「おばばさま」と慕い、孫の中でも特に可愛がられた。たびたび大宮御所を訪問し、一緒に羽根つきやままごと遊びをしたという(貞明皇后崩御時7歳)。
美智子(みちこ、1934年〈昭和9年〉10月20日 - )は… 美智子(みちこ、1934年〈昭和9年〉10月20日 - )は、日本の第125代天皇・明仁の皇后(在位: 1989年〈昭和64年〉1月7日 - 2019年〈平成31年〉4月30日)。上皇后(在位: 2019年〈令和元年〉5月1日 - )。皇族。敬称は陛下。お印は白樺。勲等は勲一等。旧氏名は正田 美智子(しょうだ みちこ)。 日清製粉グループ取締役(成婚時は社長)の正田英三郎・正田富美(1981年(昭和56年)に富美子と改名した)夫妻の長女として東京府東京市本郷区(現・東京都文京区東部)の東京帝国大学医学部附属病院で誕生。大和郷幼稚園、雙葉小学校附属幼稚園を経て、1941年(昭和16年)に雙葉小学校に入学。
皇后美智子(こうごう みちこ、1934年〈昭和9年〉10月2… 皇后美智子(こうごう みちこ、1934年〈昭和9年〉10月20日 - )は、今上天皇の皇后。旧姓は正田(しょうだ)。皇室典範に定める敬称は陛下。日本赤十字社名誉総裁、国際児童図書評議会名誉総裁。