スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山極 大貴(やまぎわ だいき、1997年7月24日 - )は… 山極 大貴(やまぎわ だいき、1997年7月24日 - )は、ラグビーユニオン選手。ジャパンラグビーリーグワンの三菱重工相模原ダイナボアーズに所属している。 2016年、専修大学に入る。2017年、U20日本代表スコッドに選ばれた。 2020年、NECグリーンロケッツ(現・NECグリーンロケッツ東葛)に加入。 2021年2月20日にジャパンラグビートップリーグ第1節神戸製鋼コベルコスティーラーズ戦に先発出場で公式戦初出場を果たす。 2025年5月、NECグリーンロケッツ東葛を退団。 2025年7月、三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。
石井 魁(いしい かい、1993年8月4日 - )は、日本出… 石井 魁(いしい かい、1993年8月4日 - )は、日本出身のラグビーユニオン選手。2025年現在ジャパンラグビーリーグワンに参戦する浦安D-Rocksに所属している。 15歳からラグビーを始めた。 2012年、保善高校卒業後、東海大学に入学する。 2013年、日本代表強化合宿の参加メンバーに選ばれた。 2015年、東海大学体育会ラグビーフットボール部の副主将に就任した。 2016年、東海大学卒業後、東芝ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス東京)に加入。同年12月4日に行われたジャパンラグビートップリーグ第10節のコカ・コーラレッドスパークス戦にて先発出場で公式戦初出場を果たす。 2018年、NTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入 し、同年5月にはサンウルブズに追加招集された。
鈴木 貴士(すずき たかし、1981年1月18日 - )は、… 鈴木 貴士(すずき たかし、1981年1月18日 - )は、日本のラグビーユニオン指導者。 千葉県市川市出身。小学1年生からラグビーを始めた。 1999年、保善高校卒業後、中央大学に入る。 2003年、セコムラガッツに加入。同年9月21日に行われたジャパンラグビートップリーグ第2節の近鉄ライナーズ戦に途中出場で公式戦初出場を果たす。 2006年に行われたアジア大会では7人制日本代表として金メダル獲得に貢献。 2009年、ラグビーワールドカップセブンズ2009の7人制日本代表に選出され、クボタスピアーズ(現・クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)に加入。 2014年に行われたアジア大会でも7人制日本代表として金メダル獲得に貢献。
榎本 淳平(えのもと じゅんぺい、1979年11月30日 -… 榎本 淳平(えのもと じゅんぺい、1979年11月30日 - )は、日本の元ラグビー選手。2016年現在関東学院大学ラグビー部のヘッドコーチを務めている。 1998年、保善高校卒業後、関東学院大学に入る。 2002年、関東学院大学卒業後、三洋電機ワイルドナイツ(現・パナソニック ワイルドナイツ)に加入。 2011年、現役を引退し、同年からパナソニック ワイルドナイツのバックスコーチを2年間務めた。
渡邉 泰憲(わたなべ やすのり、1974年6月2日 - 20… 渡邉 泰憲(わたなべ やすのり、1974年6月2日 - 2010年4月3日)は、日本の元ラグビー選手。 保善高校でラグビーを始める。花園への出場はならなかったものの、高校日本代表に選出されイングランド遠征に参加。 日本体育大学に進み、3年で関東大学対抗戦優勝を経験する。大学4年次の1996年に日本代表に選出され、5月11日の香港戦で初キャップを獲得。 卒業後、東芝に入社。NO.8からフランカーにコンバートされ1997年度全国社会人大会優勝、日本選手権優勝。1998年度日本選手権優勝でチームは3連覇を達成。1999年にW杯代表に選出。以来3大会連続出場を果たす。 2009年に現役を引退し、以降は社業としての営業職に専念していた。
八角 浩司(やつみ こうじ、1957年7月14日 - )は、… 八角 浩司(やつみ こうじ、1957年7月14日 - )は、日本の元ラグビー選手。 保善高校卒業後、1976年、トヨタ自動車工業(現・トヨタヴェルブリッツ)に加入。 1986年6月7日に行われたカナダ戦で日本代表初キャップを獲得した。
島崎 文治(しまざき ふみはる、1945年4月15日 - )… 島崎 文治(しまざき ふみはる、1945年4月15日 - )は、日本の元ラグビー選手。 保善高校から法政大学へと進学。 1964年〜1967年において法大の日本一に貢献した名CTB。 卒業後は東洋工業ラグビー部(現:マツダブルーズーマーズ)で活躍。 1970年のタイ戦で日本代表初キャップを獲得。通算キャップ数は10。 元マツダラグビー部監督であり1985年には法大ラグビー部監督に就任。 長男の島崎大地も法大ラグビー部で活躍、1992年度にCTBで日本一を経験している。 島崎が監督に就任した頃、法大ラグビー部は低迷期に入っていたが、その理由として、「合宿所の玄関は、常時靴が散乱の状態」「挨拶がまともにできていない」が挙げられると考え、当時コーチだった武村秀夫とともに、学生に徹底的な改善を促した。
伊藤 忠幸(いとう ただゆき、1941年11月15日 - )… 伊藤 忠幸(いとう ただゆき、1941年11月15日 - )は、日本の元ラグビー選手。 保善高校から法政大学へと進学。 卒業後はリコーに入団した。 1963年のBCカナダ戦で日本代表初キャップを獲得。 1973年初めての日本代表の欧州遠征で、当時、欧州最強のウェールズとカーディフで対戦、伝説的な2トライをあげている。 1948年に発足した世界最初の中高年ラガーマンクラブチームである『不惑倶楽部』の会長を2016年まで務めている。