スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小泉 均(こいずみ ひとし、1958年12月25日 - )は… 小泉 均(こいずみ ひとし、1958年12月25日 - )は、日本のグラフィックデザイナー・タイポグラファー、教育者、版元。茶名は宗字。 東京都出身。獨協中学校・高等学校を経て、1980年に千葉大学工学部画像工学科卒業。学生時代にYMOのスナップ写真撮影のアルバイトをする。その後、森啓デザイン研究室で5年間スタッフとして勤め、月刊誌サイエンティフィック・アメリカンの日本版エディトリアルデザインを中心にデザインを基礎から実践的に学ぶ。1983年にTypeTripというタイポグラフィの研修旅行でMonotype Corporation主催の「Digital typography aids clarity and benefits computer and electronic media」に参加。
栗山 昌良(くりやま まさよし、1926年(大正15年)1月… 栗山 昌良(くりやま まさよし、1926年(大正15年)1月18日 - 2023年(令和5年)6月23日)は、日本の演出家、オペラ演出家、教育者。国立音楽大学名誉教授。劇団青年座座友。妻は声楽家(メゾソプラノ)の松内和子。 東京出まれ。獨逸学協会学校中学部卒業。 1946年(昭和21年)千田是也、伊藤道郎主宰の舞台芸術アカデミーに入所、舞台芸術への道を歩み始める。舞台芸術アカデミー卒。1949年(昭和24年)劇団俳優座に入り、1950年(昭和25年) - 1965年(昭和40年)俳優座演劇研究所所員として近代リアリズム演劇の表現手法を研究。同時に附属俳優養成所発足に伴い、講師として演劇映画界の俳優養成にあたる。
天野 貞祐(あまの ていゆう、1884年〈明治17年〉9月3… 天野 貞祐(あまの ていゆう、1884年〈明治17年〉9月30日 - 1980年〈昭和55年〉3月6日)は、大正・昭和期の日本の哲学者・教育者・文学博士。京都帝国大学名誉教授。甲南高等学校校長。 第二次世界大戦後は第一高等学校校長・文部大臣(第3次吉田内閣)を務めた後に獨逸学協会学校を母体として創立された獨協大学の初代学長を務めた。文化功労者。武蔵野市名誉市民。 1884年、神奈川県津久井郡鳥屋村(現在の相模原市)の豪農の出身。父・天野藤三は自由民権運動に参加して後に村長・衆議院議員を務めた。父は教育熱心な人物であり、天野も将来医師になることを嘱望されて13歳の時に獨逸学協会学校中学校(旧制中学、獨協学園の前身)に入学した。
額田 豊(ぬかだ ゆたか、1877年(明治12年)3月23日… 額田 豊(ぬかだ ゆたか、1877年(明治12年)3月23日 - 1972年(昭和47年)7月29日)は、日本の医師・医学者(内科学)・教育者。東邦大学共同創立者。日本大学医学部医学科初代医学科長。日本大学名誉教授。 1878年(明治11年)、岡山県邑久郡に医師の長男として生まれた。上京して獨逸学協会学校中等部、旧制一高に通い、東京帝国大学医学科に入学した。大学在学中はボート部で活躍し、大学を休みがちであったがドイツ語の原書を読んで補った。 大学卒業後の1907年(明治40年)にドイツへ3年間私費留学する。留学中にドイツ女性に感銘を受け、女性を対象とした教育を使命と考える。 帰国後に医学博士の学位を取得する。