スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
出花 崇太郎(でばな しゅうたろう、1985年1月30日 -… 出花 崇太郎(でばな しゅうたろう、1985年1月30日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。大阪府出身。リングネームはキャプテン☆アフリカ。元修斗世界ライト級王者。 柔道時代の階級は73kg級。得意技は寝技。柔道以外にも、総合格闘技、レスリング、コンバットレスリング、サンボ、コンバットサンボ、BJJ、グラップリングなど様々な格闘技に取り組んでいる。 泉尾工業高校3年の時にインターハイ73kg級の2回戦で今大会優勝した世田谷学園高校3年の海老沼聖に敗れた。2003年に道都大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアの決勝で天理大学1年の松本雄史に有効で敗れて2位だった。講道館杯では2回戦で東海大学3年の園田悠二に小内刈で敗れるも、敗者復活戦を経た3位決定戦で筑波大学4年の高松正裕を後袈裟固で破ったのを始め、勝った試合は全て抑込技で一本勝ちした。
泉 浩(いずみ ひろし、1982年6月22日 - )は、日本… 泉 浩(いずみ ひろし、1982年6月22日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。青森県下北郡大間町出身。柔道六段を取得。組み手は左組み。得意技は大外刈。妻は女優の末永遥。株式会社ヴィレッジ・エンターテイメント事業部所属。 実父はマグロの漁師だった。 泉は小学校までを地元大間町で過ごしたのち、中学校より柔道私塾講道学舎に入門するため単身上京し、世田谷区立弦巻中学校に入学、3年の全国中学校柔道大会ではベスト8で敗れたが世田谷学園高等学校3年の時にインターハイで優勝を果たした。明治大学に入学後、2004年のアテネオリンピックでは決勝でグルジアのズラブ・ズビャダウリに敗れたはしたものの、銀メダルを獲得した。
瀧本 誠(たきもと まこと、1974年12月8日 - )は、… 瀧本 誠(たきもと まこと、1974年12月8日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。茨城県岩井市(現・坂東市)出身。柔道五段。2000年シドニーオリンピック柔道男子81kg級金メダリスト。 2000年シドニーオリンピックの際には、当時の柔道家では珍しい茶色に染めた髪、国歌斉唱時に手を胸に置く仕草などユニークなエピソードをマスコミに提供。「柔道界の異端児」とも評された。柔道家時代の得意技は、袖釣り込み腰、内股。 総合格闘技に転向・引退後、柔道指導者として活動している。 実家は青果店を経営。たまたま客に柔道の先生がいて誘われたのがきっかけで、6歳(小学1年)の時に柔道を始める。中学入学と同時に上京、講道学舎に入門(吉田善行、小斎武志、大山峻護らが同期)。
吉田 善行(よしだ よしゆき、1974年5月10日 - )は… 吉田 善行(よしだ よしゆき、1974年5月10日 - )は、日本の男性総合格闘家。千葉県柏市出身。RIGHT THING ACADEMY主宰。元CAGE FORCEウェルター級王者。 実家の柔道場で4歳から柔道を始める。講道学舎・世田谷学園高校の柔道部に所属し、瀧本誠、小斎武志、大山峻護らと同期であった。 アマチュア修斗で活躍し、2005年2月6日、修斗ミドル級(-76kg)新人王決定トーナメントの準決勝でプロデビュー。山崎昭博に判定勝ち。 2005年12月17日、修斗ミドル級新人王トーナメントの決勝で中村K太郎と対戦。2R途中、偶然のバッティングで右まぶたをカットし、レフェリーストップ。0-2の負傷判定負けとなり、準優勝となった。
小齊武志(こざい たけし、1974年4月23日 - 2006… 小齊武志(こざい たけし、1974年4月23日 - 2006年11月8日)は、福岡県出身の柔道家(四段)、格闘家。 小学校で柔道を始め、講道学舎へ入門。瀧本誠、吉田善行、大山峻護らと同期となる。この由縁により、大山のセコンドにつくことも多かった。 世田谷学園高校の柔道部では、高校三冠を果たした。 福岡大学卒業後、NEXCO(東日本高速道路)柔道部に在籍。100kg級で井上康生、鈴木桂治らとしのぎを削った。 1998年1月24日、ロシア国際柔道の100kg級に出場し、3位入賞。準々決勝では日本デビュー前のエメリヤーエンコ・ヒョードルに一本勝ち。のちに「ヒョードルを倒した男」と呼ばれることとなった。
吉田 秀彦(よしだ ひでひこ、1969年9月3日 - )は、… 吉田 秀彦(よしだ ひでひこ、1969年9月3日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。愛知県大府市出身。1992年バルセロナオリンピック柔道男子78kg級金メダリスト。柔道七段。現在は吉田道場師範、パーク24柔道部総監督。 共長小学校-大府西中学校-講道学舎入門-世田谷区立弦巻中学校(中学3年時に転校) -世田谷学園高校-明治大学。その間、戦歴は1984年全中(-65kg級)準優勝、1987年インターハイ(軽重量級)優勝、1987、1988年全日本ジュニア(-78kg級)優勝、1988、1990年世界学生選手権(-78kg級)優勝など。 1991年から1997年まで新日鉄に所属。1992年バルセロナオリンピックに出場して初戦から決勝まですべて一本勝ちを収め、金メダルを獲得した。