スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
野村 政孝(のむら まさたか、1991年6月29日 - )は… 野村 政孝(のむら まさたか、1991年6月29日 - )は、東京都世田谷区出身の元サッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー。 俳優、歌手の野村将希は実父、俳優の野村祐希は実弟。 俳優・歌手の野村将希の長男として東京都世田谷区で生まれた。父親が「柘植の飛猿」役を務める水戸黄門に、少年時代の飛猿役(野村正孝名)で出演したことがある。(第25部 第14話 「飛猿が恋をした・岡山」 : 1997年3月31日放送) 小学校3年でサッカーを始めた。2010年、日本学園高校から駒澤大学へ進学。大学入学後は、垂直跳び80センチ、握力80キロなど、父親譲りの抜群の身体能力を生かしきれず、ゴールキーパーの3、4番手どまりでレギュラー獲得には至らなかった。
尾亦 弘友希(おまた ひろゆき、1983年9月1日 - )は… 尾亦 弘友希(おまた ひろゆき、1983年9月1日 - )は、東京都杉並区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(主に左サイドバック)。 小学校2年生の時にサッカーを始める。FC東京の下部組織に加入し、同期の馬場憂太、高橋延仁らと共に2001年のクラブユース選手権で優勝した。2002年、馬場と共にFC東京のトップチームへ昇格。クラブ創設以来初の下部組織からのトップ昇格だった。同年4月の市原戦で左サイドハーフとして途中投入され、この試合がJリーグデビューとなった。U-19日本代表としても活動し、左足のキックに高評価を受けていたが、馬場が主力格となる一方で、尾亦は金沢浄らからポジションを奪えずにいた。
竹中 穣(たけなか みのる、1976年11月19日 - )は… 竹中 穣(たけなか みのる、1976年11月19日 - )は、広島県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 帝京大学卒業後、リトアニアのFKアトランタスでプロ選手となる。アトランタスではリーグ戦通算58試合に出場して7得点を挙げた。2001年と2002年にはUEFAカップ予選にも3試合出場している。 2003年6月にJ2・横浜FCに加入したが、2試合の出場にとどまった。2003シーズン限りで契約満了に伴い退団。 2004年からはFC町田ゼルビアにてコーチ兼選手を務め、町田が日本フットボールリーグ(JFL)に昇格した2009年からは、現役選手としては東京都社会人リーグ3部に所属するセカンドチーム・FC町田ゼルビア・ツヴァイテに登録されつつ、トップチームのコーチを引き続き務めている。
南 陽介(みなみ ようすけ、1976年5月23日 - )は、… 南 陽介(みなみ ようすけ、1976年5月23日 - )は、サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 日本大学卒業後、シンガポールを皮切りに世界各国のリーグでプレイ。2002年にはシンガポール2部で得点王に輝く。2007年にはスリランカのネゴンボ・ユースSCに移籍し同国初の日本人選手となる。 その後2011年にはモンゴル・リーグの エルチムに移籍し、同国でも初の日本人選手となる。2014年にはボランチながら得点王に輝くなど、移籍を繰り返しながら長期にわたって同リーグのチームに所属し、選手以外にエージェントとして日本人選手の斡旋業務も行っている。 2017年シーズンよりバヤンゴルFCに所属、同国で初の2部リーグでのプレイとなる。
山口 貴之(やまぐち たかゆき、1973年8月1日 - )は… 山口 貴之(やまぐち たかゆき、1973年8月1日 - )は、広島県生まれ、東京都町田市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 戸塚哲也、菊原志郎から繋がり、財前宣之へと続く「ヨミウリ天才少年」の系譜を受け継ぐ。ユース時代から司令塔タイプとして注目され、「ラモス2世」の呼び声もあった。また同時代には各年代の代表にも選出された。 1992年、ユース時代から在籍していたヴェルディ川崎のトップチームに昇格する。1995年にはU-23アトランタオリンピック代表に選出されたが、本大会のメンバーには選出されなかった。 1995年のブランメル仙台への期限付き移籍を皮切りに数多くのクラブに在籍。