スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川幡 由佳(かわはた ゆうか、1976年1月17日 - )は… 川幡 由佳(かわはた ゆうか、1976年1月17日 - )は、日本の女優、タレント。本名姓は安東(あんどう)。 1976年1月17日、千葉県船橋市に生まれる。 実家は地元では名の知られた金物店。店内のPOP広告は全て由佳が手掛けている。金物店であるが、天然オレンジオイル洗剤の輸入販売元でもある。1988年4月1日、女子美術大学付属中学校入学。在学中より演劇に熱中する。1991年4月1日、女子美術大学付属高等学校入学。1993年6月9日、雅子さまご成婚のパレードを見物していたところ、NHKにインタビューされる。皇太子さま(当時)と雅子さまの似顔絵を掲げた3人組の映像が全国に放送された(同級生によると皇室オタだった)。
森脇 由紀(もりわき ゆき、1974年7月13日 - )は、… 森脇 由紀(もりわき ゆき、1974年7月13日 - )は、埼玉県出身の女優、声優。劇団青年座所属。 女子美術大学付属高校、女子美術大学芸術学部絵画学科洋画専攻卒。青年座研究所23期卒。 趣味は絵を描く事、歌う事、着付け(自装、他装)。
石津 彩(いしづ あや、1972年2月22日 - )は、日本… 石津 彩(いしづ あや、1972年2月22日 - )は、日本の女優、声優。テアトル・エコーに所属していた。東京都出身。 小さい頃から学芸会などたくさんの人物の前に立って何かに表現することが好きで、小学校時代から高校時代まで演劇部で活動していた。 女子美術大学附属高等学校で油絵、水彩等絵画を学ぶ。当時は美術を専攻していたが、結果として本当にやりたかった演劇の道を選ぶ。家族も皆「ほんとうにやりたいのなら」と希望を認めてくれて応援してくれたという。「本格的に演劇をやりたい」と思い始めた時、親しい人物に相談していたところ、その人物から「きちんと劇団の養成所に入って演技の勉強をした方が良い」というアドバイスをくれたという。
川奈 まり子(かわな まりこ、1967年11月9日 - )は… 川奈 まり子(かわな まりこ、1967年11月9日 - )は、日本の作家、コラムニスト、人権活動家、元AV女優。 東京都世田谷区出身。女子美術大学付属高等学校を経て、1988年、女子美術大学短期大学部グラフィックデザイン教室卒業。出版社デザイン室勤務、フリーライターを経て、1999年、前夫との離婚を機にAVデビュー。同年夏、初主演作『義母~まり子34歳~』(溜池ゴロー監督、ソフト・オン・デマンド)は1万本を越えるヒットとなった。2003年、AV監督の溜池ゴローと再婚。2004年3月、AV女優を引退。同11月、男児を出産。 2008年から2011年の間、「山村正夫記念小説講座」で、小説家の森村誠一に師事し、小説執筆の勉強をした。
安田 成美(やすだ なるみ、1966年11月28日 - )は… 安田 成美(やすだ なるみ、1966年11月28日 - )は、日本の女優。東京都文京区出身。所属事務所は田辺エージェンシー→コッカ所属。
賀来 千香子(かく ちかこ、1961年〈昭和36年〉10月1… 賀来 千香子(かく ちかこ、1961年〈昭和36年〉10月17日 - )は、東京都出身の女優。 東京都出身[信頼性要検証]。テアトル・ド・ポッシュ所属。甥は俳優の賀来賢人。女子美術大学付属高等学校・中学校、女子美術大学短期大学(現・女子美術大学短期大学部)造形科生活デザイン教室卒業。高校3年生の時、原宿でスカウトを受ける。厳格な両親に芸能界入りを猛反対されたがそれを押し切り、短大在学中に雑誌『JJ』モデルとしてデビュー。父親は三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)支店長だったが、ライバル銀行である住友銀行(現・三井住友銀行)や、丸善石油(現・コスモ石油)のポスターに起用され、身長165cmで特に股下83cmの長い脚を生かしたパンツスタイルで知られた。
岡安 由美子(おかやす ゆみこ、1961年2月25日 - )… 岡安 由美子(おかやす ゆみこ、1961年2月25日 - )は、日本の女優、歌手、レーシングドライバー。本名:岡安 裕美子(読み同じ)。株式会社愛企画所属。独身。 東京都千代田区出身。妹がいる。銀行員の父の転勤のため、小学生時代は北九州市で過ごすなど転居が多かった。幼稚園児の頃から絵とピアノを習う。この頃、絵ではよく抽象画のような絵を描いていたという。女子美術大学付属高等学校卒業→女子美術大学デザイン学科卒業。大学生時代、ストリートパフォーマンスで「ホコ天の女王」とマスコミに取りあげられる。一方で千葉県の中学校へ2週間教育実習に行っていたことがある。 ストリートパフォーマンスチーム「秘密結社G」のメンバーとして人気を集め、フジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』の司会を経て、女優および歌手として活動。
岡 まゆみ(おか まゆみ、本名:五十嵐 まゆみ(いがらし ま… 岡 まゆみ(おか まゆみ、本名:五十嵐 まゆみ(いがらし まゆみ)、1956年3月7日 - )は、日本の女優、声優、歌手。本名でも活動していた。女子美術短大中退。所属事務所はぷろだくしょん「道」→劇団四季→ラヴァンス→ホリプロ・ブッキング・エージェンシー。身長158cm。B80cm、W57cm、H83cm(1976年7月)。独身。 石川県金沢市兼六元町出身。東京都新宿区立戸山中学校、女子美術大学付属高校を卒業した。1974年、女子美術短期大学造形科絵画専攻へ進む。同時に劇団四季付属俳優研究所に入団した。大学は同年7月、研究所は12月で中退した。 1974年1月、フジテレビのドラマ『春ひらく』を見学した際、ディレクターの岡田太郎の目に留まりスカウトされる。
桃井 かおり(ももい かおり、1951年〈昭和26年〉4月8… 桃井 かおり(ももい かおり、1951年〈昭和26年〉4月8日 - )は、日本の女優。 東京都世田谷区出身。2005年公開のハリウッド映画『SAYURI』出演を期に、2006年にはアメリカ合衆国映画俳優組合(現・SAG-AFTRA)に加入、活躍の場をハリウッドにも広げる。ロサンゼルス在住。身長162cm(1976年4月)。 1951年に東京都世田谷区の裕福な家庭に生まれる。父は国際政治学者の桃井真、母の悦子(1923〜2022)はアトリエを構える芸術家、4人兄弟で上の兄は脚本家の桃井章。2番目の兄は科学者。弟は銀行員。女優で人形作家の結城美栄子は母方の従姉。親類は岩城滉一の妻・結城アンナ。 3歳からクラシックバレエを始め、中学生の時にイギリスのロイヤル・バレエ・アカデミーに単身留学。
吉村 実子(よしむら じつこ、1943年4月18日 - )は… 吉村 実子(よしむら じつこ、1943年4月18日 - )は、日本の女優。オフィスぴろっと所属。東京都出身。実姉は芳村真理。 女子美術大学付属高等学校在学中の17歳の時に、今村昌平にスカウトされて『豚と軍艦』のヒロイン役で映画デビュー。 1964年には新藤兼人監督作品『鬼婆』で、第15回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。 1970年以後は半ば引退状態だったが、1980年の『あ・うん』のヒロイン役で本格復帰した。 1968年には石立鉄男と結婚していたが、約25年間の別居生活を経て、1998年に離婚。
岡本佳津子(おかもと かつこ、1942年8月21日 - )は… 岡本佳津子(おかもと かつこ、1942年8月21日 - )は、日本のバレリーナ・バレエ指導者・振付家・女優である。本名、岡本勝子。橘秋子のもとでバレエを始め、小牧バレエ団、井上バレエ団などで主役級の役柄を踊った。草創期のテレビ界でも活躍し、テレビドラマ『春のバレリーナ』や『風林火山』、『泣いてたまるか』などに出演した。ダンサーとしての現役を退いた後は、後進の指導にたずさわる傍ら、公益財団法人井上バレエ団の理事長や日本バレエ協会の役員職などを務めている。女子美術大学付属高等学校卒業、文化学院デザイン科卒業。 東京都港区の生まれ。バレエを始めたのは、1950年のことだった。小学校1年生の秋、隣に住んでいた仲の良い女の子がバレエの稽古に通っていたため、クラシック音楽を愛好していた両親の勧めによって彼女もバレエを始めることになった。
三田 佳子(みた よしこ、1941年10月8日 - )は、日… 三田 佳子(みた よしこ、1941年10月8日 - )は、日本の女優。本名は高橋 嘉子(たかはし よしこ)で、旧姓は石黒(いしぐろ)。女子美術大学付属中学校・高等学校卒業。所属事務所は三田佳子事務所(生島企画室と業務提携)を経て、2017年2月24日付けでプロダクション尾木に移籍。 芸名の三田は、早稲田の高田(馬場)、明治の神田(駿河台)と共に3案示され、慶応の三田を選択。慶応大学野球部のファンだったため。夫は元NHKプロデューサーの高橋康夫。長男は森宮隆、次男は高橋祐也。 代表作は映画『極道の妻たち三代目姐』、ドラマは大河ドラマ『いのち』『花の乱』など。大河ドラマで複数回主演した唯一の女優となっている。
戸田 春子(とだ はるこ、1908年5月28日 - 没年不詳… 戸田 春子(とだ はるこ、1908年5月28日 - 没年不詳)は、日本の女優。本名同じ。 茨城県出身。出生は栃木県。 旧制佐藤高等女学校(現在の女子美術大学付属高等学校・中学校)卒業。 1927年に日本映画俳優学校卒業。同年2月、日活大将軍撮影所に入社。現代劇部に所属し、軽喜劇などで三枚目を務めたほか、母親役で出演した。興亜映画を経て、1942年、松竹太秦撮影所所属。1945年、東宝入社。1948年にフリーランスとなり、三元プロ、三木事務所を経て、1968年、天地プロ所属。その後、たつみプロに所属していた。 戦後は山本薩夫監督や今井正監督らの独立プロ映画や東映映画を中心に出演し、脇役、老け役で活躍した。