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紅野 謙介(こうの けんすけ、1956年3月9日 - )は、… 紅野 謙介(こうの けんすけ、1956年3月9日 - )は、日本近代文学研究者。日本大学文理学部特任教授、元・同教授、学部長。 東京生まれ。父は早稲田大学名誉教授・紅野敏郎。妻は早稲田大学教育学部教授の金井景子。 早稲田大学高等学院から早稲田大学文学部に進み、同大学院中退。大学院生時代から麻布高等学校の国語科教諭をつとめ、のち日本大学文理学部専任講師、助教授、教授。
青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )… 青山 南(あおやま みなみ、男性、1949年2月2日 - )は、日本の翻訳家、エッセイスト、アメリカ文学研究者、文芸評論家、絵本作家。早稲田大学名誉教授。日本文藝家協会理事。本名、杉山茂(すぎやましげる)。 福島県福島市出身。1967年早稲田大学高等学院卒業。1971年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。1972年、早稲田大学大学院在学中『早稲田文学』編集部に入る。 1973年、ジョン・ドス・パソスの『さらばスペイン』を刊行し翻訳家デビュー。 1975年早稲田大学大学院文学研究科アメリカ演劇専攻修士課程修了。早稲田大学文化構想学部教授、2019年定年退任、名誉教授となる。 1979年から常盤新平、川本三郎とともに編集委員として『ハッピーエンド通信』を刊行。
木村 宗男(きむら むねお、1911年9月6日 - 2005… 木村 宗男(きむら むねお、1911年9月6日 - 2005年)は、日本語教育の研究者、実践者。早稲田大学名誉教授。
栗田 直躬(くりた なおみ、1903年5月10日 - 199… 栗田 直躬(くりた なおみ、1903年5月10日 - 1998年6月12日)は、日本の中国哲学研究者、中国学者。早稲田大学名誉教授。 1903年、茨城県水戸市で生まれた。第一早稲田高等学院を卒業し、早稲田大学文学部西洋哲学専攻に進学。戸川行男と共に津田左右吉の講義を受講したことを機に、以後、津田に師事。 1933年に早稲田大学文学部助手となった。1937年から2年間北京に留学。1939年に帰国し、早稲田大学文学部専任講師に昇格。1948年に早稲田大学文学部教授となった。1974年に早稲田大学を退職し、名誉教授となった。1998年に死去。 近代的な中国思想研究を日本に導入した先駆者として知られ、特に中国古代思想の分野で優れた業績を上げた。
印南 高一(いんなみ こういち、1903年4月30日 - 2… 印南 高一(いんなみ こういち、1903年4月30日 - 2001年12月19日)は、日本の演出家、演劇研究者(大学教授)。印南 喬(いんなみ たかし)の筆名がある。本名の印南高一に、「いんなみ たかいち」のルビを振る著書もある。 長野県飯田市出身。印南は同郷の先輩河竹繁俊を介しての、坪内逍遙の孫弟子である。財団法人逍遙協会理事を40年間務めた。早稲田大学坪内博士記念演劇博物館の設立初期から、また坪内が創設した早稲田大学文学部(坪内の当時東京専門学校)に新設された芸術科の設立初期から関わり、半生を奉職した。 演劇の研究分野は東洋演劇をはじめとして、日本、西洋の古今の演劇におよぶ。演出においては、坪内逍遙のページェント(野外劇)運動およびヨーロッパの「音と光」のページェント手法を用いた、シェイクスピア演劇の前衛的な活動などをした。