スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
福地 駿多朗(ふくち しゅんたろう、2006年7月18日 -… 福地 駿多朗(ふくち しゅんたろう、2006年7月18日 - )は、東京都足立区出身の日本の柔道選手。階級は66kg級。 柔道は七段を有する父親の影響で、3歳の時に自宅の道場で始めた。修徳中学から修徳高校へ進むと、2年の時にインターハイ66㎏級決勝で佐賀商業高校1年の田中龍希を破って優勝した。全国高校選手権でも優勝した。3年の時には金鷲旗で3位になった。インターハイでは決勝で田中を破って2連覇を達成すると、全日本ジュニアでは決勝で天理大学2年の顕徳海利を破って優勝した。続く世界ジュニアでは決勝で顕徳と再戦して背負投で技ありを先取されるも、それがヘッドダイブとみなされたため、反則勝ちで優勝した。グランプリ・リンツでは決勝まで進むも、ブラジルのロナウド・リマに技ありで敗れて2位だった。
川田 歩実(かわだ あゆみ、2003年2月25日 - )は、… 川田 歩実(かわだ あゆみ、2003年2月25日 - )は、埼玉県草加市出身の、日本の柔道選手。階級は52kg級。身長159cm。バスト97cm。血液型はA型。組み手は右組み。握力は左右40kg。得意技は背負投。 父親が柔道整復師だったこともあって、柔道は4歳の時に兄2人と姉に続いて草加市柔道会で始めた。修徳中学3年の時に監督の松本まゆみに「もっと冷酷になれ」とアドバイスされたことがきっかけで、遠慮がちでマイナス思考だった性格も変化し始めた。修徳高校に入学すると、小学生の時から鍛え上げてきた「誰にも真似できない」と評される大の得意技である背負投を武器に結果を残すようになった。1年の時には全国高校選手権52kg級準決勝で富士学苑高校2年の藤城心に後袈裟固で敗れるも3位となった。
増山 香補(ましやま こうすけ、1999年3月9日 - )は… 増山 香補(ましやま こうすけ、1999年3月9日 - )は、東京都出身の日本の柔道選手。階級は100kg級。身長180 cm。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は7歳の時に始めた。小松竜道場と香竜館に所属していた。修徳中学3年の時に全国中学校柔道大会の73kg級に出場するが3回戦で敗れた。 修徳高校1年の時には金鷲旗で2年先輩の小川雄勢などの活躍により優勝メンバーの一員として名を連ねることになった。続くインターハイの団体戦では2位にとどまった。 2017年には明治大学に進むと、1年の時には全日本ジュニアの準決勝で日体大1年の長井晃志に技ありで敗れるも、3位決定戦で桐蔭学園高校2年の村尾三四郎を技ありで破って3位になった。
小川 雄勢(おがわ ゆうせい、1996年7月20日 - )は… 小川 雄勢(おがわ ゆうせい、1996年7月20日 - )は、神奈川県横浜市出身の日本の柔道家。階級は100 kg超級。身長190 cm。体重135 kg。段位は三段。組み手は左組み。得意技は払腰、支釣込足。父はバルセロナオリンピック柔道95kg超級銀メダリストの小川直也。明治大学出身。 小さい頃は「女の中では数少ない男だから出番が多い」との理由でクラシックバレエを習っていた。小学校4年の時に父親の経歴を知ったことがきっかけで、開設したばかりの小川道場の1期生として柔道を始めることになった。茅ヶ崎市内の中学に通っていたが、2年の時に修徳中学に転校すると、3年の時にはマルちゃん杯団体戦で3位となった。
渡名喜 風南(となき ふうな、1995年〈平成7年〉8月1日… 渡名喜 風南(となき ふうな、1995年〈平成7年〉8月1日 - )は、神奈川県相模原市緑区出身の日本の柔道家。 帝京大学医療技術学部卒業、身長148.8センチメートル (cm)、胸囲94cm、リーチ153cm、握力は右30kg左30kg、血液型はO型、階級は48キログラム (kg) 級、段位は参段、組み手は左組み、得意技は足技、寝技。両親は沖縄県出身で4人姉妹の末妹。現役時はパーク24に所蔵した。 格闘技ファンの父とともに、幼少期からK-1などの格闘技をテレビでたびたび視聴し、ミルコ・クロコップのファンとなる。相原小学校3年時に、空手道場を見学するがあまり面白そうではなく自分のやりたいことはこれではないと悟り、次に柔道の相武館吉田道場を見学して自分のやりたいことはこれだと決めて柔道を始めた。
岩尾 敬太(いわお けいた、1990年8月18日 - )は、… 岩尾 敬太(いわお けいた、1990年8月18日 - )は、埼玉県出身の日本の柔道選手。階級は100 kg超級。身長182 cm。体重125 kg。組み手は左組み。得意技は払腰。京葉ガスに所属していたが、現在は山口県萩市にある至誠館大学の講師及び、柔道部のコーチをしている。 柔道は10歳の時に関道場で始めた。 修徳中学から修徳高校へ進むと、1年の全国高校選手権団体戦では3位となった。2年のインターハイ団体戦では2位、全国高校選手権では3位だった。3年の時には金鷲旗で3位になると、インターハイの個人戦100kg級で決勝まで進むが、東海大相模高校の高木海帆に有効で敗れた。 国士舘大学に進むと100kg超級に階級を上げて、1年の時から団体戦のレギュラーになった。
石橋 千里(いしばし ちさと、1973年8月15日 -)は、… 石橋 千里(いしばし ちさと、1973年8月15日 -)は、東京都豊島区池袋出身の日本の柔道家。現役時代は66kg級の選手。身長166cm。段位は四段。現姓は通場。 小学校4年の時にロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した山下泰裕をテレビで見て柔道に興味を抱き、自宅近くにあった山口香の出身道場として知られる豊道館西村道場で柔道を始めることになった。池袋中学から修徳高校に進むと、1年の時に全国高校選手権66kg級で3位となった。3年の時にはインターハイ団体戦と国体少年女子の部でそれぞれ3位になった。卒業後は埼玉大学で野瀬清喜の指導を受けたかったものの、弟の高校進学と重なったために断念して、埼玉大学とも交流のあるあさひ銀行所属となった。