スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小口 尚思(おぐち ひさし、1977年 - )は日本の編集者… 小口 尚思(おぐち ひさし、1977年 - )は日本の編集者、ファッション・デザイナー、実業家、プロデューサー。 元NTT出版編集者。元DLE Inc.海外事業マネージャー。(株)ベルズン・ウィッスル取締役。(株)ヒッコリーズ・ジャパン代表取締役。Toon Boom Animation Inc. 日本支社長。父は美術評論家の谷新。 東京都板橋区出身。東京都立小石川高等学校を卒業。渡米し、ワシントンD.C.のアメリカン大学にて国際関係学を学ぶ。1998年、私立ペンシルベニア大学へ編入し芸術学学士となる。2002年にボストン大学大学院を修了(芸術学修士)。ニューヨークにてアート・コンサルティング会社に就職し、村上隆やオノ・ヨーコなど多くの展覧会企画に携わる。
粕谷 一希(かすや かずき、1930年(昭和5年)2月4日 … 粕谷 一希(かすや かずき、1930年(昭和5年)2月4日 - 2014年(平成26年)5月30日)は、日本の編集者、出版事業家、文筆家。都市出版株式会社社長を経て、相談役。 保守派の編集者として多くの書き手を送り出し、戦後日本の論壇に保守主義、現実主義の潮流を築いた。東京府出身。 東京雑司が谷に生まれる。旧制東京府立第五中学校(現・東京都立小石川中等教育学校)、旧制第一高等学校を経て、東京大学法学部卒業。学生時代には河合栄治郎、和辻哲郎、波多野精一、猪木正道、蠟山政道、丸山眞男の著作を読み、高坂正顕、鈴木成高、西谷啓治、高山岩男など敗戦後否定されていた京都学派の戦中期の著作にも影響を受けた。 1955年、中央公論社に入社。
野原 一夫(のはら かずお、1922年(大正11年)3月30… 野原 一夫(のはら かずお、1922年(大正11年)3月30日 - 1999年(平成11年)7月31日)は東京府出身の編集者、作家。 東京府立第五中学校(現都立小石川高等学校)から浦和高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学文学部独逸文学科卒業。1943年(昭和18年)12月、学徒出陣、二等水兵として横須賀市の武山海兵団に入隊。その後、海軍の第四期兵科予備学生となる。1944年(昭和19年)12月に海軍少尉任官、埼玉県大和田通信隊勤務。1945年(昭和20年)4月、南九州・鹿屋基地に第五航空艦隊司令部付として赴任。終戦を大分で迎える。 1946年(昭和21年)8月26日、700名中2名の被採用者のひとりとして新潮社に入社(もうひとりの被採用者は野平健一)。
山本 夏彦(やまもと なつひこ、1915年6月15日 - 2… 山本 夏彦(やまもと なつひこ、1915年6月15日 - 2002年10月23日)は、日本の随筆家・編集者。東京市下谷根岸出身。 東京の下谷根岸に生まれる。父・山本三郎(1879-1928)は、坪内逍遥に傾倒し慶応から早稲田に転学し、詩人・山本露葉として児玉花外、山田枯柳らとともに若手の新体詩人として注目されたが、夏彦は三男で小学6年時に、父は50歳で亡くなった。なお祖父は高利貸しの山本義上(1848-1909)で、父の代は資産家であった。 父・露葉の友人であった武林無想庵に連れられ15歳で渡仏。3年後に帰国し、24歳のときにフランス童話『年を歴た鰐の話』の翻訳で文壇デビュー。戦後まもない1950年に工作社を創立、没時まで編集兼発行人、コラムニストとしても活動した。
三谷 昭(みたに あきら、1911年6月5日 - 1978年… 三谷 昭(みたに あきら、1911年6月5日 - 1978年12月24日)は、東京府出身の俳人・編集者。 東京府巣鴨村(現豊島区)生まれ。東京府立第五中学校(現小石川高等学校)卒。1930年に素人社に入社。『俳句月刊』『俳句世界』編集に携わる。1936年赤坂区役所嘱託となり『赤坂区史』を編纂。「京大俳句」「天香」等に参加したが、1940年、新興俳句弾圧事件に連座し検挙された。1941年に実業の友社に入社、『新女苑』『オール生活』編集長を歴任。 戦後は「天狼」「俳句評論」「面」などに同人参加。1946年新俳句人連盟に入会するが翌年退会し現代俳句協会に加入、機関誌『俳句芸術』の編集に携わる。1961年より協会幹事長、のち初代会長を務める。
池島 信平(いけじま しんぺい、1909年12月22日 - … 池島 信平(いけじま しんぺい、1909年12月22日 - 1973年2月13日)は日本の編集者、文藝春秋社長(第3代)。