スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
塚本 稜(つかもと りょう、1999年8月13日 - )は、… 塚本 稜(つかもと りょう、1999年8月13日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手。階級は73kg級。身長165cm。組み手は左組み。得意技は内股。 一心館小山道場に所属していた小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会50kg級に出場するも2回戦で敗れた。天明中学3年の時に全国中学校柔道大会73kg級の3回戦で敗れた。上京して日体荏原高校へ進むと、1年の時には全国高校選手権の団体戦で1年先輩の藤原崇太郎などとともに活躍してチームの初優勝に貢献した。2年の時には金鷲旗とインターハイ団体戦の決勝でともに国士舘高校に敗れて2位だった。全国高校選手権の団体戦では5位だった。3年の時にはインターハイ73kg級で3位になった。
大吉 賢(おおよし けん、1998年11月26日 - )は、… 大吉 賢(おおよし けん、1998年11月26日 - )は、日本の柔道家。茨城県出身。階級は73kg級。身長174cm。段位は四段。組み手は左組み。血液型はB型。得意技は裏投。 柔道は5歳の時に明野晴明館で始めた。明野中学2年の時に全国中学校柔道大会60kg級の2回戦で敗れた。日体大荏原高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権73kg級で5位にとどまったが、団体戦では同級生の藤原崇太郎や1年後輩の塚本綾などとともに活躍して優勝した。3年の時には金鷲旗とインターハイの決勝で国士舘高校にそれぞれ敗れると、個人戦では3位に終わった。2017年には日体大へ進学すると、3年の時には学生体重別で2位になった。
原田 健士(はらだ けんし、1998年9月10日 - )は、… 原田 健士(はらだ けんし、1998年9月10日 - )は、東京都出身の、日本の柔道家である。階級は73kg級。身長175cm。血液型はA型。組み手は右組み。得意技は大内刈。 父は成城学園柔道部監督の原田新一、母は福岡国際の61kg級で2位になった山田紀美子。柔道は4歳の時に父親の日体大時代の後輩であるバルセロナオリンピック71kg級金メダリストの古賀稔彦が運営する古賀塾で兄とともに始めた。母親も古賀塾でコーチを務めていたが、幼稚園時代は道場へ行くのが嫌で堪らなかったという。成城学園初等学校から成城学園中学校へ進むも、体育会系気質を歓迎するような環境ではなかったため初心者が多く練習も週3日ほどであり、中学時代は関東大会でベスト8が最高だった。
藤原 崇太郎(ふじわら そうたろう、1998年4月27日 -… 藤原 崇太郎(ふじわら そうたろう、1998年4月27日 - )は、日本の柔道家。兵庫県西脇市出身。階級は81kg級。身長175cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は裏投げ。 柔道は6歳の時にアテネオリンピックの60kg級で3連覇を達成した野村忠宏などの活躍に影響されて、姉と一緒に西脇柔道スポーツ少年団で始めた。道場では通常の練習が終わった後も柔道経験のない高校教師の父親と一緒に居残り練習を行うなど厳しく指導されてつらかったという。小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会50kg超級に出場したが3回戦で敗れた。 小野中学に入るとまっすぐ立って組む柔道を指導されたこともあって、受けが強く返し技に機敏な柔道スタイルが形作られていった。
杉本 大虎(すぎもと たいご、1998年3月30日 - )は… 杉本 大虎(すぎもと たいご、1998年3月30日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は60kg級。身長162cm。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は内股。現在は旭化成に所属。 柔道は3歳の時に牛深錬成館で始めた。全国小学生学年別柔道大会には小学校5年の時に45kg級、6年の時には50kg級で出場したが、ともに決勝トーナメント1回戦で敗れた。天明中学2年の時に全国中学校柔道大会55kg級準決勝で神戸生田中学2年の阿部一二三に一本背負投で敗れて3位だった。3年の時には60kg級の決勝で阿部に背負投で敗れて2位にとどまった。日体荏原高校へ進むと、2年の時に全日本カデとアジアカデで2位、全国高校選手権では3位になった。