スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
平岡 アンディ(ひらおか アンディ、1996年8月8日 - … 平岡 アンディ(ひらおか アンディ、1996年8月8日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県横浜市出身。 かつては花形ボクシングジム、大橋ボクシングジムに所属していた。 父は元アマチュアボクサーのガーナ系アメリカ人、母は日本人。父の影響で4歳からボクシングを始める。小学生の頃には“気弱な”ボクシング少年としてさんまのSUPERからくりTVに出演、当時は妹にボコボコにされるくらいボクシングの上達が遅く、1日たりとも練習をサボったことはなかったが、ボクシングが嫌で嫌で仕方なかった。また、ハーフであることや褐色の肌をからかわれ、いじめられることや、内気な性格を揶揄されることもあった。中学から陸上部に入部、横浜高校時代には陸上中距離で国体出場経験がある。
岡田 誠一(おかだ せいいち、1982年4月6日 - )は、… 岡田 誠一(おかだ せいいち、1982年4月6日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県横浜市出身。第43代日本スーパーフェザー級王者。横浜高等学校、東京農業大学卒業。大橋ボクシングジム所属。 東農大時代には国体準優勝を経験し卒業後、大橋ジムに入門、B級ボクサーライセンスを取得した。 2005年5月18日、プロデビュー。 2009年、最強後楽園にエントリー、準決勝で松崎博保(協栄)を6回判定勝利で下し、決勝で川村貢治(ワタナベ)を退け優勝した。 2010年2月6日、日本スーパーフェザー級王者の三浦隆司(横浜光)と対戦し、僅差の判定で王座奪取はならなかった。 2011年1月31日、有明コロシアムで行われたダブル世界戦の前座として、三浦がその世界戦のために返上して空位となった同王座を福原力也(ワタナベ)と争い、2-1の僅差の判定を制して2度目の挑戦で日本王座を獲得した。
大和 心(やまと しん、1975年7月9日 - )は、日本の… 大和 心(やまと しん、1975年7月9日 - )は、日本のボクシングトレーナー、元プロボクサー。神奈川県横須賀市出身。第57代日本バンタム級王者、第24代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。帝拳所属。横浜高等学校卒業。 横浜高校時代の同級生に、東芝野球部の平馬淳、阪神タイガースの高橋光信、総合格闘家の宇野薫がいる。保住直孝はボクシング部の1年先輩で、お笑いコンビ瞬間メタルのタケタリーノ山口はボクシング部の同期である。川口力哉とは現役時代から親友にあたる。 現在は帝拳ジムでトレーナーをしている。 元プロボクサーの実父の影響で小学5年から横須賀ボクシングジムに通う。1993年全日本高校フライ級6位。
大和 心(やまと しん、1975年7月9日 - )は、日本の… 大和 心(やまと しん、1975年7月9日 - )は、日本のボクシングトレーナー、元プロボクサー。神奈川県横須賀市出身。第57代日本バンタム級王者、第24代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。帝拳所属。横浜高等学校卒業。
保住 直孝(ほずみ なおたか、1974年12月10日 - )… 保住 直孝(ほずみ なおたか、1974年12月10日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県横須賀市出身。元日本ミドル級、元OPBF東洋太平洋同級王者。ヨネクラボクシングジム所属。横浜高校卒業。 高校の同級生に元三菱ふそう川崎硬式野球部の鈴木章仁及び元阪神タイガースの部坂俊之、1年後輩には大和心がいる。 高校時代の1991年・1992年、インターハイライトヘビー級2連覇を達成する。卒業後、ヨネクラジムに入門。 1993年6月8日、西森豊に2RKO勝ちでプロデビュー。 1995年8月8日、日本ミドル級王座決定戦でケビン・パーマーと対戦。ダウンを奪ったものの10RKO負け。プロ初黒星となった。 1999年4月3日、日本テレビ「ダイナミックグローブ」で大谷信直を7RTKOで下し、日本同級王座獲得。
葛西 裕一(かさい ゆういち、1969年11月17日 - )… 葛西 裕一(かさい ゆういち、1969年11月17日 - )は、日本の元プロボクサー。神奈川県横浜市出身。元OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。 ブルース・リーにはまり格闘技好きに。中学時代に親友と世界チャンピオンの影響でボクシングを始める。 1987年、横浜高校2年時に第42回国民体育大会優勝、3年時に全日本高校バンタム級優勝。専修大学法学部中退(アマチュア通算48戦44勝24RSC4敗)。 1989年8月12日、帝拳ジムからプロデビュー。 1992年9月5日、15戦目で日本王座初挑戦。小泉秀司と空位の日本ジュニアフェザー級(現:スーパーバンタム級)王座を争い、2回KO勝ち。王座獲得に成功。
松本 好二(まつもと こうじ、1969年9月27日 - )は… 松本 好二(まつもと こうじ、1969年9月27日 - )は、日本の元プロボクサーである。本名は松本 弘司(読みは同じ)。神奈川県横浜市出身。第41・43・45代日本フェザー級王者。第32代OPBF東洋太平洋フェザー級王者。現役時代はヨネクラボクシングジム所属、現在は大橋ボクシングジムのチームトレーナー。父・弘も元ボクサーで、東日本ウェルター級新人王を獲得している。長男の圭佑も大橋ジム所属のプロボクサーで、日本フェザー級王座とWBOアジアパシフィックフェザー級王座を獲得している。 横浜高校3年時、インターハイおよび海邦国体準優勝(両大会の決勝で沖縄県代表興南高校3年高橋孝治に判定負け)。卒業後、高校の同期葛西裕一と共に専修大学に進学するが、1年で中退。
大橋 秀行(おおはし ひでゆき、1965年3月8日 - )は… 大橋 秀行(おおはし ひでゆき、1965年3月8日 - )は、日本の元プロボクサー。神奈川県横浜市出身。大橋ボクシングジム会長。元WBA・WBC世界ミニマム級王者。 兄の大橋克行もプロボクサー。現役時代はヨネクラボクシングジム所属。東日本ボクシング協会会長を2007年4月から2016年3月まで務め、これと兼務する形でJPBA会長も2010年4月から2016年3月まで務めた。2013年からはJBC理事も務める。 保土ヶ谷中学時代から地元の協栄河合ジム(現・神奈川渥美ボクシングジム)に所属し、学歴は横浜高等学校(海藤晃の指導を受け、2年生でインターハイ・モスキート級制覇)〜専修大学中退(1年生でロス五輪予選を兼ねた全日本選手権出場も黒岩守に敗れ五輪を逃す)。
副島 保彦(そえじま やすひこ)は、日本のボクサーである。出… 副島 保彦(そえじま やすひこ)は、日本のボクサーである。出生地:佐賀県、出身地:神奈川県。 経歴は、神奈川県藤沢市立鵠沼中-横浜高校-中央大学-群馬県。 神奈川県在住時、小学校からボクシングを始める。 1980年、モスクワオリンピック日本代表。 戦績186勝13敗 (110RSC・KO) 当時不良の巣窟として知られていた横浜高校の中でも3学年後輩の愛甲猛が「野球部キャプテンの門崎っていう人と、ボクシング部の副島、この2人はどうしようもないくらいワルかった」と後年振り返るほどの悪童として知られていた。