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桜井 雅浩(さくらい まさひろ、1962年〈昭和37年〉4月… 桜井 雅浩(さくらい まさひろ、1962年〈昭和37年〉4月30日 - )は、日本の政治家、教諭。新潟県柏崎市長(3期)。元柏崎市議会議員(4期)。 戸籍上の正しい表記は「桜」を旧字体にした櫻井 雅浩で、柏崎市役所のウェブサイトにも戸籍上の名義で表記されている。 新潟県柏崎市生まれ。1981年(昭和56年)3月、新潟県立柏崎高等学校卒業。1986年(昭和61年)3月、早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。同年4月、女子美術大学付属高等学校・中学校の教諭となる。 1991年(平成3年)4月、柏崎市議会議員選挙に初当選。同年7月、学習塾を創業。2003年(平成15年)に4期目の当選。 2004年(平成16年)11月14日に行われた柏崎市長選挙に、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働容認を訴えて立候補するも落選。
会田 洋(あいだ ひろし、1947年(昭和22年)3月28日… 会田 洋(あいだ ひろし、1947年(昭和22年)3月28日 - )は、日本の政治家。元新潟県柏崎市長(3期)。旭日小綬章受章。 新潟県柏崎市生まれ。新潟県立柏崎高等学校、東京大学工学部卒業。 大阪市役所に就職後、1977年に長岡市役所へ。2002年から財団法人環日本海経済研究所へ。 2004年、柏崎市長選挙に出馬し、自民党と公明党の推薦を受けた現職の西川正純、柏崎刈羽原子力発電所再稼働容認派の桜井雅浩らをおさえ初当選した。 2008年、前回戦った桜井雅浩を破り再選。2012年の柏崎市長選は、原発推進派に推された元共同通信社論説委員長の西川孝純を破り3選。 2013年7月に柏崎刈羽原子力発電所の再稼働問題に関し東京電力の広瀬直己社長と会談し、「手続きもないまま申請を発表したことは、誠に遺憾。
近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )… 近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )は、日本の政治家、弁護士(登録番号:15594)。 参議院議員(1期)を務めた。 新潟県三島郡出雲崎町生まれ。新潟県立柏崎高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。1977年、新潟市で法律事務所を開業した。 1987年、日本社会党公認で新潟県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を5期務めた後、2004年の第20回参議院議員通常選挙に新潟県選挙区から無所属で出馬し、初当選。当選後、社会民主党・護憲連合(参議院の院内会派)入りした。なお近藤は1997年には社民党新潟県連代表に就任しており、2004年の参院選に出馬した時も党籍はあったが、民主党からの選挙協力を受けるため無所属で出馬し、民主・社民両党が推薦する形が採られた(新潟方式)。
平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月2… 平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月21日 - )は、日本の政治家、大学教員。新潟県知事(公選第14・15・16代、在任1992年 - 2004年)。新潟県知事時代に大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレを発案し、開催に漕ぎ着けた。長岡技術科学大学特任教授、事業創造大学院大学非常勤教員。新潟国際情報大学前学長(在任2008年 - 2018年)。 東京佐川急便事件に関わったとして金子清が辞職したことに伴い行われた1992年新潟県知事選挙にて、自民党と社会党からの推薦を受け出馬し、長﨑明を破り当選した。ロシアとの交流に積極的であり、1994年8月には新潟市にロシア総領事館を開設することなった。
今井 哲夫(いまい てつお、1912年(明治45年)5月20… 今井 哲夫(いまい てつお、1912年(明治45年)5月20日 - 1987年(昭和62年)12月27日)は、日本の政治家。新潟県柏崎市長を2期8年(1979年 - 1987年)務めた。 青年期には陸上競技選手(長距離走)として活躍し、慶應義塾大学在学中に箱根駅伝に出走したほか、3000メートル障害で当時の日本記録を更新した。1936年ベルリンオリンピックに3000メートル障害で出場。 新潟県刈羽郡比角村(現在は柏崎市の一部)出身。1922年(大正11年)、比角尋常高等小学校(現在の柏崎市立比角小学校)5年生の際に、新潟県少年オリンピック大会での総合優勝に貢献する。旧制新潟県立柏崎中学校(現在の新潟県立柏崎高等学校)に進学、近県中学校競技大会で4種目優勝を果たした。
2代 小林 米三郎(こばやし よねさぶろう、1886年(明治… 2代 小林 米三郎(こばやし よねさぶろう、1886年(明治19年)11月20日 - 1968年(昭和43年)6月25日)は、大正・昭和期の実業家、政治家。位階は正五位。 参議院議員(1期)、小林酒造社長、栗山町名誉町民。旧姓は田中、旧名は栄。 1886年(明治19年)11月20日、新潟県刈羽郡(のちの刈羽郡二田村、現・柏崎市)に田中九平太の二男として生まれた。生家は造り酒屋の素封家であり、6人兄弟姉妹の5番目だった。出生名は田中栄であり、当地出身の田中角栄の遠縁にあたる。 1903年(明治36年)に新潟県立柏崎中学校(現・新潟県立柏崎高等学校)を卒業。 17歳の時に北海道夕張郡角田村(現・栗山町)の初代小林米三郎の養子となり、2代米三郎を襲名して酒造業を継承した。