スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
村椿 輝雄(むらつばき てるお、1940年 - )は、元野球… 村椿 輝雄(むらつばき てるお、1940年 - )は、元野球選手(投手)。 富山県黒部市出身。富山県立魚津高等学校に進学し、野球部に入部。1958年、第40回全国高等学校野球選手権大会にエースとして出場。1回戦で優勝候補の浪華商を完封。2回戦で明治を、3回戦で桐生を破り、ベスト8に進んだ。準々決勝では徳島商業の板東英二と投げ合い、ともに得点を許さず延長18回引き分けとなり、翌日再試合となった。翌日魚津は1 - 3で敗れたものの、初出場でベスト8まで進出した活躍は「蜃気楼旋風」と呼ばれた。 高校卒業後は三菱重工業に入社し、社会人野球を続けた。また三菱重工業では横浜造船所や石川県金沢市の支社に勤務し、米国三菱重工業株式会社駐在員としてアメリカ合衆国に長期滞在していたこともある。
五島 道信(ごとう みちのぶ、1937年10月21日 - )… 五島 道信(ごとう みちのぶ、1937年10月21日 - )は、富山県魚津市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 富山県立魚津高等学校では同僚となる石黒誠作の2年後輩にあたる。卒業後日本カーバイドを経て1956年に近鉄パールスへ入団。翌年は開幕戦から12試合連続「1番・中堅手」でスタメン出場した。また、1959年にも開幕戦に「8番・左翼手」でスタメン出場しており、期待された選手だったが打撃が振るわず、この年限りで引退した。引退後は帰郷して、魚津国際カントリーに勤務。
石黒 誠作(いしぐろ せいさく、1935年4月9日 - )は… 石黒 誠作(いしぐろ せいさく、1935年4月9日 - )は、富山県魚津市出身の元プロ野球選手。 中学時代は県大会で4度の優勝を経験しており、魚津高校でも1年生からレギュラーとして活躍する。 1954年に近鉄パールスに投手で入団。1956年に外野手へ転向し、この年に1軍初出場。 1957年に現役引退。その後は地元で会社員となった。