スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高来 葵美(たかぎ あいみ、2004年3月8日 - )は、石… 高来 葵美(たかぎ あいみ、2004年3月8日 - )は、石川県小松市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)のソニーセミコンダクタマニュファクチャリング ブルーサクヤ鹿児島所属。 小松市立芦城中学校時代は2018年の第47回全国中学校大会で準優勝し、優秀選手賞を受賞。同年12月には第27回JOCジュニアオリンピックカップに石川県選抜として出場し、有望選手に選ばれた。 石川県立小松商業高等学校では2019年に日韓スポーツ交流の日本代表U-16に選出。 高校卒業後は大阪体育大学へ進学。 2023年は第17回ジュニアアジア選手権の日本代表U-20に選出された。 2024年は春季リーグで優秀選手賞を受賞。
谷下 和人(たにした かずひと、1968年1月5日 - 20… 谷下 和人(たにした かずひと、1968年1月5日 - 2008年11月)は、石川県出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小松商業高では1年秋、2年春に県大会ベスト4、3年春は県大会準優勝で北信越大会も初戦先発で勝利。1985年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから4位指名を受け入団。背番号38。 高校通算52勝を挙げた本格派左腕との前評判だったが、プロ1年目の1986年に基礎体力の無さを露呈、以降怪我に悩まされることとなる。1987年、1988年の米国教育リーグにて持ち球であるカーブを駆使し好成績を残すが、1989年は故障のため惨憺たる成績に終わり、結局一軍デビューには至らず1990年に現役引退した。
冨久 正二(とみひさ しょうじ、1917年〈大正6年〉1月2… 冨久 正二(とみひさ しょうじ、1917年〈大正6年〉1月24日 - 2022年〈令和4年〉7月1日)は、日本の元マスターズ陸上競技選手。 1917年、兵庫県津名郡(現在の淡路島洲本市)で生まれ、5歳まで同地で育つ。以後父親の転勤に伴い飾磨郡(現・姫路市)・武庫郡(現・神戸市)、石川県と移住する。石川県在住時に小松商業学校(現・石川県立小松商業高等学校)を卒業。卒業後はいったん大阪市で丁稚となったものの3か月で脱走・帰郷し、小松製作所に就職する。 1938年に徴兵されて広島歩兵第11連隊第7中隊に所属し、日中戦争に従軍したが河南省にいたときに赤痢にかかり、さらに結核にも罹患して日本へ送還される。