スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
青柳 亮生(あおやぎ あつき、1999年12月7日 - )は… 青柳 亮生(あおやぎ あつき、1999年12月7日 - )は、日本の男性プロレスラー。長野県松本市出身。全日本プロレス所属。 実兄は同じく全日本プロレスに所属する青柳優馬。 入門前にサッカーを7年、陸上を3年経験。兄・優馬の活躍を見てプロレスラーを志し、長野県田川高等学校卒業後、2018年4月1日に全日本プロレスに入門。 2019年1月2日、後楽園ホール大会で田村男児とタッグを組み青木篤志&佐藤光留との試合でデビュー。9分11秒、逆エビ固めで亮生が敗れた。同年3月10日には早くも兄弟シングル対決が実現した(結果は兄・優馬の勝利)。 2020年1月17日、左手第二第四中手骨骨折により欠場を発表。いったんは治癒し、20年ぶりに開催されるあすなろ杯争奪リーグ戦へのエントリーと3月23日の復帰戦が決まるが、練習中に再び左手を痛め復帰が延期となった。
青柳 優馬(あおやぎ ゆうま、1995年11月2日 - )は… 青柳 優馬(あおやぎ ゆうま、1995年11月2日 - )は、日本の男性プロレスラー。YouTuber。全日本プロレス所属。長野県松本市出身。長野県田川高等学校卒業。 中学まではサッカーをしていて、プロレスファンだった父と一緒にテレビや試合会場でプロレスを観戦していた。青柳の父はかつてプロレスラー志望で、高校卒業時に団体に履歴書を送ったものの返答が来ず、そのまま諦めてしまった経歴を持つ。青柳も「好き」からいつしか「自分もプロレスラーになりたい」という憧れに変わり、高校受験を控えた時期にプロになる決意を両親に伝えた。 高校卒業後、2014年4月1日に全日本プロレスに入門。その後、約8か月の練習生期間を経て12月14日の後楽園ホール大会にて宮原健斗とのシングルマッチでデビューを果たす。
波切 敦(なみきり あつし、1985年 - )は、日本の漫画… 波切 敦(なみきり あつし、1985年 - )は、日本の漫画家。長野県塩尻市出身。男性。2022年より『週刊少年サンデー』(小学館)にて、『レッドブルー』を連載している。 1985年、長野県塩尻市で誕生。人生で初めて読んだ漫画は『OH!MYコンブ』で、子どものころは『ラストレジオン UX』と『ガチャフォース』のゲームを好み、青春時代には星新一の作品を愛読して過ごす。町田・デザイン専門学校を卒業後、『チャゲチャ』や『黒子のバスケ』や『ハイキュー!! 』のアシスタントを経験。作品では体育館のシーンをよく任されていた。 2017年、『ガリバク合気』が第79回小学館新人コミック大賞で佳作を受賞。その後、読み切りが掲載された際に波切は「漫画家になった」と実感している。
古厩 智之(ふるまや ともゆき、1968年11月14日 - … 古厩 智之(ふるまや ともゆき、1968年11月14日 - )は、日本の映画監督、テレビドラマ演出家。長野県塩尻市出身。長野県田川高等学校を経て、日本大学藝術学部卒業。C&Iエンタテインメント所属。 妻は女優・作家・映画監督の唯野未歩子。 大学在学中に撮った『灼熱のドッジボール』が、1992年ぴあフィルムフェスティバル (PFF) でグランプリ受賞を果たす。これでスカラシップ権を獲得し、1995年に『この窓は君のもの』で長編デビュー。同作で第35回日本映画監督協会新人賞を受賞。当時26歳であり、これは現在も同賞の最年少受賞である。1995年秋には塩尻市の塩尻東座で『この窓は君のもの』が自主上映され、地元紙にも大きく取り上げられるような成功を収めるとともに、自主上映会フロム・イースト(FROM EAST)発足のきっかけとなった。
吉村 和敏(よしむら かずとし、1967年 - )は、日本の… 吉村 和敏(よしむら かずとし、1967年 - )は、日本の写真家。長野県松本市生まれ。 中学3年の時に友人が所有していたコンパクトカメラで写真を撮りあう内にカメラに興味を覚える。進学した長野県田川高等学校では写真クラブに入部し、学校周辺の人里の風景を撮影していた。 高校卒業後に上京し印刷会社へ就職するが、サラリーマンとしての仕事に疑問を感じ2年後に退職する。高校時代に好きだった写真を仕事にしたいと考えるようになり、カメラマンになるためカナダへ移住。カナダ横断中に立ち寄ったプリンスエドワード島の風景に惹かれ、シャーロットタウンにアパートを借り写真を撮り溜めた。 移住から1年間後に帰国。当初は仕事はなかったものの、プリンスエドワード島の取材が、雑誌『私のカントリー』(主婦と生活社)で特集される。