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榊原 琴乃(さかきばら ことの、2004年10月11日 - … 榊原 琴乃(さかきばら ことの、2004年10月11日 - )は、静岡県静岡市出身の女子サッカー選手。三菱重工浦和レッズレディース所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。藤枝MYFCに所属する榊原杏太は実兄。 静岡県静岡市出身。小学校3年次で静岡中田サッカー少年団に入り、サッカーを始める。 中学校入学の際に、「1位のチームを倒したい」と思い、常葉大学附属橘中学校を選択。中高一貫校の当校で日本女子サッカーのレジェンドでもある半田悦子の指導を受ける。中学校1年次で日本サッカー協会の『JFAエリートプログラム女子U-13トレーニングキャンプ』に召集される。この時のメンバーには浜野まいかと小山史乃観がいた。
築地 育(つきじ いく、2002年11月13日 - )は、静… 築地 育(つきじ いく、2002年11月13日 - )は、静岡県静岡市出身の女子サッカー選手。ノジマステラ神奈川相模原所属。ポジションはミッドフィールダー。早稲田大学出身。 常葉大学附属橘中学校・高等学校から早稲田大学へ進学し、早稲田大学ア式蹴球部女子に所属。 大学在籍時の2024年8月にノジマステラ神奈川相模原への2025年からの加入が内定し、特別指定選手として登録された。同年9月15日、2024-25 WEリーグ開幕戦となるセレッソ大阪ヤンマーレディース戦(ヨドコウ桜スタジアム)の後半12分から途中出場でリーグデビューし、同22分に初得点を決めた 2025年2月、ノジマステラ神奈川相模原に加入。
佐野 大陽(さの たいよう、2002年2月14日 - )は、… 佐野 大陽(さの たいよう、2002年2月14日 - )は、静岡県富士宮市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 幼少期から曾祖父とのキャッチボールを趣味としており、小学校入学後は富士宮リトルイーストで野球を始めた。当時は野球と同時に相撲にも取り組んでおり、4年時には東海3位の成績を残している。富士宮第一中学校入学後はポジションを投手と遊撃手に絞りプレーした。 常葉大学附属橘高等学校には投手として入学したが、1年秋から遊撃手に専念した。3年春からはチーム事情により捕手に転向した。 高校卒業後は中部大学に進学。高校2年時に中部大監督から遊撃手として声をかけられていたこともあり、入学後は遊撃手に再転向した。
髙橋 馨希(たかはし よしき、2001年6月16日 - )は… 髙橋 馨希(たかはし よしき、2001年6月16日 - )は、神奈川県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カターレ富山所属。ポジションはミッドフィルダー(MF)。 法政大学在学中の2023年5月にカターレ富山の2024年からの加入と2023年の特別指定選手の認定を発表した。 2023年7月15日のFC琉球戦でリーグデビューを果たすと、8月5日のFC今治戦でリーグ初得点を記録した。
大内 梨央(おおうち りお、1998年9月22日 - )は、… 大内 梨央(おおうち りお、1998年9月22日 - )は、静岡県御殿場市出身の女子サッカー選手。AC長野パルセイロ・レディース所属。ポジションはフォワード。好きな動物はカバ。 4歳の頃からサッカーを始める。常葉学園橘高校を経て、東洋大学へ進学。東洋大学体育会サッカー部女子部では1年時より背番号10を付けた。 2021年、サンフレッチェ広島レジーナへ入団。 2024年6月21日、AC長野パルセイロ・レディースへ完全移籍。 2019年、ユニバーシアード日本女子代表に選出され、2019年夏季ユニバーシアードでは準優勝に貢献した。
石田 菜々海(いしだ ななみ、1998年9月8日 - )は、… 石田 菜々海(いしだ ななみ、1998年9月8日 - )は、静岡県出身の女子サッカー選手。ジェフユナイテッド市原・千葉レディース所属。ポジションはディフェンダー。 常葉大学附属橘中学校・高等学校を経て、帝京平成大学に進学。 2019年にユニバーシアードサッカー日本女子代表に選出され、第30回ユニバーシアード競技大会に出場した。また2020年には特別指定選手に認定され、オルカ鴨川FCでなでしこリーグに出場した。 2021年にジェフユナイテッド市原・千葉レディースに入団。
木村 聡司(きむら さとし、1996年5月6日 - )は、静… 木村 聡司(きむら さとし、1996年5月6日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 高校時代は1年夏に甲子園出場。2年生の時は、ピッチャーとしても起用される。3年生の夏の甲子園大会県予選では県大会ベスト4で敗退。 2014年10月23日に行われたドラフト会議において、広島東洋カープから育成2位指名を受け、入団。 2016年は四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツへ派遣される。 2017年10月31日に自由契約公示されたが、育成選手として再契約した。 2018年10月31日、自由契約公示されたが、育成選手として再契約した。 2019年に戦力外通告を受けた。
髙橋 遥人(たかはし はると、1995年11月7日 - )は… 髙橋 遥人(たかはし はると、1995年11月7日 - )は、静岡県静岡市葵区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 小学校入学後に兄の影響でソフトボールを始め、小学3年時に「西奈少年野球スポーツ少年団」に入団した。常葉橘中学校時代は右翼手兼投手として、3年夏に第32回全国中学校軟式野球大会でチームを優勝へ導いた。 常葉学園橘高校に進学後、1年夏からのベンチ入り。2年夏には甲子園大会へ出場し、開幕戦となった福井工大福井戦に救援投手として登板を果たすも、打線が菅原秀の前に9回2得点に封じられ初戦敗退。3年秋には日本学生野球協会へプロ志望届を提出するも、ドラフト会議でどの球団からも指名されなかったため、亜細亜大学へ進学した。
中川 絵美里(なかがわ えみり、1995年〈平成7年〉3月1… 中川 絵美里(なかがわ えみり、1995年〈平成7年〉3月17日 - )は、セント・フォース所属のタレント、キャスター。読売ジャイアンツ・チームヴィーナスの元メンバー。 静岡県静岡市清水区出身。物心がついた幼い頃から歌と踊りが大好きで、中学進学と同時に地元のダンススクールに通い始める。常葉学園橘高等学校音楽科に進学し、声楽を専攻する一方で、チアリーディング部に入部、3年間活動した。同校が夏の甲子園大会に2010年、2012年と出場した際には、チアリーディング部の一員として阪神甲子園球場のアルプススタンドで応援パフォーマンスを行った。 両親が読売ジャイアンツのファンであった為、幼い頃からジャイアンツを応援、いつしか読売ジャイアンツのチアリーディングチーム『チームヴィーナス』の一員となる夢を抱くようになった。
石井 光輝(いしい こうき、1995年3月15日 - )は、… 石井 光輝(いしい こうき、1995年3月15日 - )は、静岡県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・AC長野パルセイロ所属。ポジションは、ディフェンダー、ミッドフィルダー。 常葉学園橘高校から関西大学へ進学し、大学4年の時にはチームキャプテンを務めた。 2017年にガイナーレ鳥取へ加入。2022年と2023年にはキャプテンを務めた。2023年シーズン終了後、契約満了により鳥取を退団。 2024年、AC長野パルセイロへ移籍。
登崎 雅貴(とざき まさき、1994年8月27日 - )は、… 登崎 雅貴(とざき まさき、1994年8月27日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。ポジションはDF。 怪我をしたセンターバックの代健司の代わりに第22節から出場すると、第33節にゴールを決めた。だがクラブの秩序風紀を乱す行為で12月10日付でカターレ富山との契約を解除された。2018年から矢崎バレンテに所属。
後藤 亜弥(ごとう あみ、1993年12月9日 - )は、静… 後藤 亜弥(ごとう あみ、1993年12月9日 - )は、静岡県出身の元女子サッカー選手。ポジションはフォワード。 常葉学園橘高校(現・常葉大学附属橘高校)に所属していた2010年8月に、U-17女子ワールドカップに臨むU-17日本代表に選出された。大会ではグループステージのベネズエラ戦に途中出場した。 その後、日本体育大学に進学、2013年夏季ユニバーシアードの日本代表に選出された。 日本体育大学卒業後は日体大FIELDS横浜でプレーした。2019年に、ルクレMYFCに移籍。 2019年限りで引退し、2020年からは母校・常葉学園橘で指導を受けた半田悦子監督に誘われ、常葉大学附属橘高校のコーチに就任した。
高木 ひかり(たかぎ ひかり、1993年5月21日 - )は… 高木 ひかり(たかぎ ひかり、1993年5月21日 - )は、静岡県三島市出身の元女子サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダーまたはミッドフィールダー。 常葉学園橘所属時、U-17女子代表などの年代別代表監督を兼務していた吉田弘の指導を直接受けている。 2010年、トリニダード・トバゴで開催されたFIFA U-17女子ワールドカップではセンターバックとして6試合中5試合に出場。日本の準優勝に貢献した。 2016年、早稲田大学卒業後、ノジマステラ神奈川相模原への入団が発表され、同年、高倉麻子監督率いる日本女子代表に初選出された。 2018年のアジア競技大会ではエントリーメンバーに選出され優勝に貢献したが、同年シーズン限りの現役引退を発表した。
中村 太一(なかむら たいち、1993年1月5日 - )は、… 中村 太一(なかむら たいち、1993年1月5日 - )は、静岡県静岡市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 常葉学園橘高校から新潟経営大学に進学し、2015年に当時東北社会人サッカーリーグ1部所属だったラインメール青森に加入した。 2017年を以て、青森を退団。 2018年、ヴァンラーレ八戸に移籍。 2022年11月16日、ヴァンラーレ八戸は契約期間の満了と来季に向けた契約更新を行わないことを発表。同年11月29日、カンセキスタジアムとちぎで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2023年2月1日、東海社会人サッカーリーグ2部の岳南Fモスペリオに移籍。
小野寺 建人(おのでら けんと、1991年7月6日 - )は… 小野寺 建人(おのでら けんと、1991年7月6日 - )は、静岡県静岡市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 常葉学園橘高校を経て、浜松大学(現常葉大学)へ進学。3年時、東海学生サッカーリーグ戦1部でベストイレブンに選出された。 2014年より、大学で同期の徳武正之と共にツエーゲン金沢へ入団。 2015年はHonda FCに期限付き移籍。 2015年をもって現役を引退。
庄司 隼人(しょうじ はやと、1991年6月21日 - )は… 庄司 隼人(しょうじ はやと、1991年6月21日 - )は、静岡県沼津市出身の元プロ野球選手(内野手)。2020年から広島東洋カープ球団スコアラーを務める。 静岡県沼津市生まれ。小学校1年時に今泉少年野球団で野球を始め、4年生から投手。 常葉橘中学校では3年生の時、エースとして軟式野球全国大会初戦で、11個奪三振最速144km/hを記録するが初戦で敗れる。 常葉学園橘高等学校では1年春から投手として登板し、2試合目で初先発初完投、1年秋にはチームのエースとなる。2年春に創部46年目で初の東海大会優勝、3年夏には県大会決勝で完封、2打席連続本塁打を打ち、浜名高校に10-0で勝利し、常葉橘は甲子園初出場を果たす。
薗田 淳(そのだ じゅん、1989年1月23日 - )は、日… 薗田 淳(そのだ じゅん、1989年1月23日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。 静岡県静岡市出身。小学校1年生次から、地元の麻機(あさはた)サッカースポーツ少年団でサッカーを始める。 常葉橘高校では主将を務め、国体選抜やU-17日本代表に選出された経歴を持つ。同級生は久野純弥など。高校卒業後、2007年に川崎フロンターレに入団した。 2007年5月23日、AFCチャンピオンズリーググループリーグ第6節、対バンコク・ユニバーシティFC戦で途中出場し公式戦デビュー。 AFC U-19選手権2008に出場するU-19日本代表に選出される。 2012年、FC町田ゼルビアへ期限付き移籍。
久野 純弥(くの じゅんや、1988年8月16日 - )は、… 久野 純弥(くの じゅんや、1988年8月16日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。
杉本 真(すぎもと まこと、1987年10月27日 - )は… 杉本 真(すぎもと まこと、1987年10月27日 - )は、長野県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 拓殖大学時代は主将を務め、チームの中心選手として活躍。2009年の関東大学2部リーグではMFながら11得点を挙げ、チームの1部リーグ昇格に貢献した。大学卒業後、栃木SCに練習生として参加。そこでの活躍が認められ、正式に入団が決まった。ちなみに、拓殖大学時代のチームメイト・小野寺達也も同じく栃木に入団している 。 2019年1月、VONDS市原に移籍。 2021年を以て現役を引退。
日高 拓磨(ひだか たくま、1983年4月8日 - )は、元… 日高 拓磨(ひだか たくま、1983年4月8日 - )は、元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。 サッカークラブの監督を務めていた父親の影響で5歳よりサッカーを始める。幼少時代より父親から厳しいサッカーの英才教育を受け実力を伸ばし、旭丘小時代には中国地区トレセンに選出されるなど早くから頭角を現した。学生時代はフォワードをはじめ 攻撃的な中盤のポジションを務め、中学時代は地元の旭丘JrユースFCでプレー。高校からは単身親元を離れ清水エスパルスユースに所属し寮生活を送る。当時の清水ユースは強豪チームとして主要大会でも好成績を残しており、日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会ベスト4、高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会ベスト4、Jユースカップ準優勝などを経験。
平松 康平(ひらまつ こうへい、1980年4月19日 - )… 平松 康平(ひらまつ こうへい、1980年4月19日 - )は、静岡県静岡市清水区興津出身の元プロサッカー選手、ポジションはミッドフィルダー(MF)。常葉学園橘高校出身。 現在は、障がい福祉施設運営会社の代表取締役。また、障がい福祉事業以外に、飲食、輸出入、農業事業の法人を設立。 1999年に清水エスパルスユースよりトップチームに昇格。ミスター・エスパルスこと澤登正朗の後継者としてサポーターや澤登本人から期待され続け、2001年には、当時の日本代表監督であったフィリップ・トルシエにより日本代表候補合宿にも招集された。チームが残留争いに巻き込まれた時期には、救世主的働きで幾度と無くスタジアムを沸かせている。
北島 吉章(きたじま よしあき、1979年4月28日 - )… 北島 吉章(きたじま よしあき、1979年4月28日 - )は、日本の元陸上競技選手。静岡県静岡市出身。帝京大学文学部史学科卒業。 高校は常葉学園橘高等学校(現:常葉大学附属橘高等学校)出身。 1年時の1月に開催された第75回箱根駅伝では7区を走ったが区間最下位に終わり、帝京大も2年連続で最下位でのフィニッシュとなった。 2年時の10月に行われた第76回箱根駅伝予選会では法政大・坪田智夫を抑えて日本人2位の個人4位でフィニッシュ(帝京大・中崎幸伸が日本人1位)。このレースで1時間を切った日本人選手は5人だったが、その内3人が帝京大の選手という圧倒的な強さを見せて初の首位通過を果たした。 1月の第76回箱根駅伝では3区を任される。
関谷 正徳(せきや まさのり、1949年11月27日 - )… 関谷 正徳(せきや まさのり、1949年11月27日 - )は、日本の元レーシングドライバー。ル・マン24時間レースにおける日本人初の総合優勝者。 静岡県安倍郡井川村(現在の静岡市葵区)出身。血液型はA型。常葉学園橘高校出身。同校を卒業後静岡マツダ(マツダの静岡県における販売ディーラー)に入社する。 静岡マツダの社員だった1972年にレースデビュー。「ファミリアロータリークーペ」や「カペラ」、「サバンナ」をドライブし活躍した。1976年には富士グランチャンピオンレース(富士GC)併催のスーパーツーリング選手権でシリーズ2位となり、翌1977年にはシーズンチャンピオンを獲得した。 1978年には富士グランチャンピオンレースにステップアップし、1981年まで参戦した。