スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
伊吹 有喜(いぶき ゆき、女性、1969年 - )は、日本の… 伊吹 有喜(いぶき ゆき、女性、1969年 - )は、日本の小説家。 四日市市観光大使(三重県)、おわせ観光大使(三重県)、みちのく盛岡ふるさと大使(岩手県)。 三重県尾鷲市生まれ、四日市市育ち。三重県立四日市高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 1991年、出版社に入社。雑誌主催のイベント関連業務、着物雑誌編集部、ファッション誌編集部を経て、フリーライターになる。2008年に永島 順子(ながしま じゅんこ)名義で応募した『風待ちのひと』(応募時のタイトルは『夏の終わりのトラヴィアータ』)で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞。2009年に筆名とタイトルを改め同作で小説家デビュー。 「」内が伊吹有喜の作品。
谷口 桂子(たにぐち けいこ、1961年2月23日 - )は… 谷口 桂子(たにぐち けいこ、1961年2月23日 - )は日本の俳人、作家。三重県四日市市出身。茶道の表千家不審庵講師も務める(雅名・宗桂)。 三重県立四日市高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部イタリア語学科卒業。大学在学中に新聞社でアルバイトを始め、カタールの首都ドーハで初めて開かれた日本週間に茶道の講師として招かれる。 帰国後、フリーランスで雑誌等のインタビューを始め、元首相、ノーベル賞受賞者から山谷の日雇い労働者まで幅広くインタビューを手掛ける。週刊朝日連載「夫婦の階段」「夫婦の情景」では著名夫婦350組をインタビュー。著名人インタビューは1000人を超える。 20代で俳人・鈴木真砂女に出会ったのがきっかけで俳句を始め、加藤楸邨主宰の「寒雷」へ。
城島 明彦(じょうじま あきひこ、1946年7月10日 - … 城島 明彦(じょうじま あきひこ、1946年7月10日 - )は、日本の小説家、ノンフィクション作家・ジャーナリスト。 三重県桑名市(母親の実家)生まれ。小学3年生の夏、同県員弁郡(現大安町)から四日市市内に転居し、大学入学まで同地に居住[要出典]。三重県立四日市高等学校を経て、1970年早稲田大学政経学部卒業。 東宝助監督を経て、1973年ソニー入社、ソニーでは宣伝部門・広報部門に籍を置く[要出典]。東宝時代に師事した監督は、入社時の保証人だった森谷司郎、小谷承靖、堀川弘通、石田勝心ほか[要出典]。 1983年に「けさらんぱさらん」で文藝春秋「オール讀物新人賞」を受賞し、作家デビュー。以後、幅広いテーマで小説、ノンフィクションを執筆。
田村 泰次郎(たむら たいじろう、1911年11月30日 -… 田村 泰次郎(たむら たいじろう、1911年11月30日 - 1983年11月2日)は、日本の小説家である。三重県三重郡富田村(現・四日市市富田)出身。早稲田大学在学中より小説を多く書いたが、応召して中国を転戦。戦中の経験に基づく独特の生命観に裏打ちされた「肉体派作家」として熱狂的に支持された。 高知県出身の中学教師である父親と、京都府出身の母親のもとに生まれる。母親は文章や歌を書くことが好きな人だった。11歳上の姉と5歳上の兄がおり、姉も文学好きだった。父親が校長を務めていた四日市の旧制富田中学(現三重県立四日市高等学校)を経て、1929年第二早稲田高等学院に入学。1931年早稲田大学文学部仏文科に進学した。
丹羽 文雄(にわ ふみお、1904年〈明治37年〉11月22… 丹羽 文雄(にわ ふみお、1904年〈明治37年〉11月22日 - 2005年〈平成17年〉4月20日)は、日本の小説家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。位階は従三位。 三重県出身。複雑な生い立ちに立脚した私小説風作品や宗教的作品、マダム物をはじめとする風俗小説、戦争物などを独自のリアリズムで旺盛に執筆し、多数の読者と高い評価を得た。昭和を代表する作家の一人である。また、文壇の大御所的存在であり、各種文学賞の選考委員や、日本文芸家協会会長・理事長などを歴任したほか、「文学者」を主宰して後進の育成にも尽力した。中村光夫と風俗小説論争を展開したことでも知られる。 三重県四日市市北浜田にある真宗専修寺高田派の崇顕寺(現存する。