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藤田 紘一郎(ふじた こういちろう、1939年8月6日 - … 藤田 紘一郎(ふじた こういちろう、1939年8月6日 - 2021年5月14日)は、日本の医師、医学者(寄生虫学・感染免疫学・熱帯医学)。位階は従四位。勲等は瑞宝中綬章。学位は医学博士(東京大学・1970年)。東京医科歯科大学名誉教授。 東京大学医学部助手、テキサス大学研究員、順天堂大学医学部助教授、金沢医科大学医学部教授、長崎大学医学部教授、東京医科歯科大学医学部教授、人間総合科学大学教授などを歴任した。 満洲国生まれ。父親は陸軍軍医。 整形外科の医局に勤めていた26歳の時、衛生動物学者の加納六郎に同行してフィラリア調査のため奄美群島の加計呂麻島に赴いたことから、寄生虫学の道に進む。感染免疫学・寄生虫学の視点から公衆衛生についての執筆多数。
鎌田 純一(かまた じゅんいち、1923年7月17日 - 2… 鎌田 純一(かまた じゅんいち、1923年7月17日 - 2014年7月15日)は、日本の神道学者・歴史学者。宮内庁侍従職御用掛。皇學館大学名誉教授。 1923年、大阪府大阪市に生まれる。父春雄が神宮皇學館教授として赴任したため、伊勢で幼少期を過ごす。 宇治山田中学校(現在の三重県立宇治山田高等学校)を経て、國學院大學予科、1946年同大学文学部史学科卒業。在学中に学徒出陣し、海軍中尉に至る。学部を卒業のあと、同大学院に進学、1955年より國學院大學日本文化研究所専任所員、また同大学講師として教壇に立つ。 1962年に再興された皇學館大學助教授として赴任、1965年には教授。1989年まで在職した(同名誉教授となる)。
澤瀉 久孝(おもだか ひさたか、1890年〈明治23年〉7月… 澤瀉 久孝(おもだか ひさたか、1890年〈明治23年〉7月12日 - 1968年〈昭和43年〉10月14日)は、日本の国文学者、万葉学者。京都大学名誉教授。学位は、文学博士。 1890年(明治23年)、三重県度会郡宇治山田町(現:三重県伊勢市)で生まれた。三重県立第四中学校(現:三重県立宇治山田高等学校)・第三高等学校を経て、京都帝国大学文科大学に進学。文学科国文学専攻で学び、1915年に卒業。 第五高等学校教授を経て、1922年に京都帝国大学文学部助教授に就いた。1935年、学位論文『上代歌謡ノ作者及ビ時代考』を京都帝国大学に提出して文学博士の学位を取得。翌1936年に教授昇格。1951年、京都大学教授を辞職し、京都大学名誉教授となった。