スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
葉方 丹(はかた たん、1944年7月8日 - )は、演出家… 葉方 丹(はかた たん、1944年7月8日 - )は、演出家、脚本家、作家、作詞家。 日本アカデミー賞協会、日本音楽著作権協会、日本シナリオ作家協会、日本放送作家協会に所属する。東京都在住。別名、「はがたたん」。 京都市出身。大将軍(白梅町)で生まれる。父は西陣の職人。京都府立山城高等学校卒業後、日本大学芸術学部在学中から映像関係の仕事に携わる。後に大学中退。 アルバイトで日本劇場で働いていた時に叡南覚照と知り合い、「ごぜんさま」と呼ぶようになり、世話になる。ある時、叡南に将棋で勝ち、叡南に「おまえには歯が立たない。おまえ、はがたたん、にせえ」と言われる。また、叡南に「八百屋で行け」と言われ、「来るもの拒まず」で種々の仕事をするようになった。
川田 武(かわだ たけし、1941年3月16日 - )は、日… 川田 武(かわだ たけし、1941年3月16日 - )は、日本のテレビ制作者、作家。 京都市出身。京都府立山城高等学校卒、京都大学教育学部卒、1961年にNHKに入り、報道番組などを制作。 1965年「クロマキー・ブルー」でハヤカワSFコンテスト佳作第一席。1986年NHKエンタープライズ出向。「太陽大爆発」(学研出版) をハリウッドで『クライシス2050』のタイトルで映画化、エクゼクティブ・プロデューサーを務めた。 2003年(株)ミステリチャンネル入社、2007年中部大学人文学部コミュニケーション学科教授、2009年退職。
高橋 たか子(たかはし たかこ、1932年(昭和7年)3月2… 高橋 たか子(たかはし たかこ、1932年(昭和7年)3月2日 - 2013年(平成25年)7月12日)は、日本の小説家。旧姓岡本、本名和子(たかこ)。夫の高橋和巳の死後本格的に作家活動に入り、『空の果てまで』『誘惑者』などを発表。愛憎を超えた不可解な心理の深層を描き続けた。カトリックに入信、渡仏して観想修道生活を送った(のち還俗して帰国)。 京都府京都市下京区醒ヶ井通仏光寺下ル荒神町で、父・岡本正次郎、母・達子の長女として生まれる。父親は旧制名古屋高等工業学校建築科を卒業し、京都府警察部建築課に勤めていた。尋常小学校時代に等持院北町に転居し、京都府立嵯峨野高等女学校から京都府立山城高等学校を経て、1954年(昭和29年)、京都大学文学部フランス文学科卒。
和久 峻三(わく しゅんぞう、1930年7月10日 - 20… 和久 峻三(わく しゅんぞう、1930年7月10日 - 2018年10月10日)は、日本の推理作家・弁護士。本名は古屋峻三。別名として夏目 大介(なつめ だいすけ)。写真家としての顔も持ち、日本図書館協会選定図書の写真集『日本の原風景』(1993年)も発表している。 大阪府大阪市出身。1955年(昭和30年)に京都大学法学部を卒業し中部日本新聞の記者となるが、友人から月刊文芸誌『宝石』を見せられ推理小説の魅力にとりつかれる。1960年(昭和35年)に同誌の宝石賞に応募し候補作に選ばれる。応募作『紅い月』は本名の滝井峻三名義で『宝石』に掲載され作家としてデビューした。「生まれて初めて書いた小説が雑誌に掲載されたときの私の感動は、一生涯、忘れることができないものとなりました」と和久は語っている。
渡辺 一雄(わたなべ かずお、1928年7月3日 - 201… 渡辺 一雄(わたなべ かずお、1928年7月3日 - 2014年12月8日)は、日本の作家・評論家。 本姓・小川。大丸に勤めて1976年、デパートの内幕を描いた『野望の椅子』で日本作家クラブ賞を受賞。企業小説、経営評論を多く執筆した。 1928年(昭和3年)7月3日、京都市中京区西ノ京冷泉町で生まれる。父親は岐阜県から小学校卒業と共に上洛して京都市電の運転士をしており、母親は小さな雑貨商をしていた。長男の一雄の2年下に妹、5歳下に弟がいたほか、祖父母も同居し、7人で暮らしていた。 西ノ京冷泉町や朱雀第六小学校の付近は京都市役所、繁華街の四条河原町と同じ中京区にもかかわらず、行政に忘れられたような寂しいエリアであった。