スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
寺居 高志(てらい たかし、1982年1月4日 - )は、滋… 寺居 高志(てらい たかし、1982年1月4日 - )は、滋賀県出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長169cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は6歳の時に誠道館島柔道クラブで始めた。なお、弟の大志は5歳から柔道を始める。安土中学から平安高校へ進んだ。弟の大志も安土中学から平安高校へ進んだ。高校2年の時にはインターハイ66kg級の3回戦で敗れた。3年の時には初戦で敗れた。この時、弟の大志は73kg級で3位に入った。明治大学へ進むと、2年の時に全日本ジュニアと正力杯で優勝を飾った。この時弟の大志はインターハイで優勝している。アジアジュニアでは2位にとどまった。3年の時には選抜体重別で3位になると、正力杯から名称の変わった学生体重別では2連覇を達成した。
平野 時男(ひらの ときお、1922年8月6日 - 1993… 平野 時男(ひらの ときお、1922年8月6日 - 1993年7月27日)は、日本の柔道家(講道館8段)。 皇宮警察や綜合警備保障の柔道師範を務めたほか、欧州各国で柔道指導を行いアントン・ヘーシンクやウィレム・ルスカ等の世界チャンピオンを育てた事で知られる。 淡路島の洲本市に生まれ、旧制・洲本中学校に入学した直後の1935年4月より柔道を始めた。2年生で初段位を取得すると推薦により平安中学校へ転校し、大日本武徳会武道専門学校師範を務める福島清三郎8段(のち9段)の義方会塾に住みこんで4段・5段の猛者を相手に修行に励んだ。平安中学主将となった平野は1939年に全国中等学校大会で優勝すると、同年秋に講道館で開催された明治神宮国民体育大会(中学校の部)に団体戦の京都府代表として出場し、優勝に貢献。
胡井 剛一(えびい こういち、1905年1月10日 - 19… 胡井 剛一(えびい こういち、1905年1月10日 - 1988年2月22日)は日本の柔道家(講道館9段)。 愛媛県出身で、京都の平安中学校を経て武道専門学校に入学。身長167cm・体重68kgと決して大柄な体格ではなかったが、絶品と言われた小内刈や大内刈、巴投から固技への連絡を武器に柔軟な体や熱心な技の研究とも相俟って腕を磨き、また背負投や大外刈にも長じてその名を轟かせた。記録上の講道館入門は1928年3月20日。1930年5月に柔道教士を拝命した。 1931年3月に武専を卒業するとそのまま同校の助手として残る傍ら京都府警察部堀川警察署でも指導を行い、また京都同志社高商では師範として寝技を部員に徹底的に叩き込んで1937年の全国高専柔道大会で同校を優勝に導いた。