スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
瀬川 琉久(せがわ りく、2006年8月14日 - )は、兵… 瀬川 琉久(せがわ りく、2006年8月14日 - )は、兵庫県出身のプロバスケットボール選手。B.LEAGUEの千葉ジェッツふなばしに所属している。ポジションはポイントガード。 魚崎ミニバスケットボールクラブに在籍中の小学6年生の際に全国ミニバスケットボール大会に出場し全勝している。 神戸市立本山南中学校では3年時の2021年に全国中学校バスケットボール大会で優勝した。 クラブチームのゴットドアにも中学時代、在籍しておりJr.ウインターカップでも優勝している。 高校生まで公式試合での負けは経験していない。 東山高等学校に進学し、1年時から主力として活躍。2年冬の第76回全国高等学校バスケットボール選手権大会(ウインターカップ)では福岡第一との準々決勝で32得点を記録したが、チームは最大18点のリードを逆転され敗れた。
米須 玲音(よねす れおと、2003年1月14日 - )は、… 米須 玲音(よねす れおと、2003年1月14日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。B.LEAGUE川崎ブレイブサンダース所属(特別指定選手)。長崎県出身。 東山高校在学中、U16日本代表候補に選ばれる。3年次のウィンターカップでは準優勝となり大会ベスト5に選ばれる。2021年1月、川崎ブレイブサンダースと特別指定選手契約を結ぶ。
カロンジ磯山 パトリック(カロンジいそやま パトリック、19… カロンジ磯山 パトリック(カロンジいそやま パトリック、1999年〈平成11年〉10月10日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。コンゴ民主共和国出身。B3リーグの香川ファイブアローズ所属。ポジションはセンター。 東山高等学校入学に伴い来日。進学した近畿大学在学中にB3リーグ (当時) の岩手ビッグブルズでプレーした。東北リーグのJR東日本秋田ペッカーズで1年プレーした後、神戸ストークスに入団。自身のプロキャリアをスタートさせると共に、球団初の帰化選手として活躍した。 2025年6月10日、香川ファイブアローズに移籍。 2022年に日本国籍を取得。
藤澤 尚之(ふじさわ なおゆき、1998年〈平成10年〉6月… 藤澤 尚之(ふじさわ なおゆき、1998年〈平成10年〉6月19日 - )は、福井ブローウィンズに所属している京都府出身のプロバスケットボール選手(ポイントガード)。 藤澤がバスケットボールを始めたのは小学校1年生の時。中学校は地元の京都市立山科中学校に進学し、自身が恩師と語る菊池先生と出会う。 東山高等学校に進学した藤澤は、同学年の岡田侑大らと共に、2年夏にインターハイベスト4、3年夏にインターハイ準優勝、3年冬にウインターカップ準優勝という結果を残す。平成28年度バスケットボール男子U-18日本代表チーム第24回日・韓・中ジュニア交流競技会 バスケットボール競技日本代表選手にも選出された。天理大学では、2019年度関西バスケットボール選手権でアシスト王に輝いた。
岡田 侑大(おかだ ゆうた、1998年〈平成10年〉6月10… 岡田 侑大(おかだ ゆうた、1998年〈平成10年〉6月10日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。京都府出身。ポジションはポイントガード、シューティングガード。Bリーグ・島根スサノオマジック所属。 バスケットボール選手だった父と兄の影響で、小学校2年生の時にバスケを始める。当初は掛け持ちしていた野球が中心の生活だったが、4年生の時に肩をけがした影響で野球を辞め、バスケ1本に絞った。中学は井手町立泉ヶ丘中学校に入学したが、部員が10人前後しかいなかった。 高校は東山高校に進学。2年時のインターハイ2015京都府予選で、大会44連覇中だった洛南高校を破り48年ぶりの優勝を果たし[要ページ番号]、地元開催のインターハイ2015ではベスト4に入った。
頓宮裕人(とんぐう ゆうと、男性、1994年1月19日 - … 頓宮裕人(とんぐう ゆうと、男性、1994年1月19日 - )は、滋賀県出身のバスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード/センター。身長198cm、体重95kg。 小学5年生の時、兄が所属していたミニバスケットボールチームに入団。 日野町立日野中学校、東山高校を経て、東海大学卒業。2011年と2015年にアンダーカテゴリーの日本代表に選出されている。 2016年、実業団チームの新生紙パルプ商事に所属。 2016年12月、Bリーグの京都ハンナリーズに入団。 2019-20シーズンは島根スサノオマジックに所属。 2020-21シーズンは滋賀レイクスターズに所属。 2021-22シーズンはB2の香川ファイブアローズに移籍した。
川嶋 勇人(かわしま はやと、1990年5月15日 - )は… 川嶋 勇人(かわしま はやと、1990年5月15日 - )は、京都府京都市中京区出身のバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。B.LEAGUEの京都ハンナリーズ所属。 朱雀第一小学校、中京中学校、東山高校から関西学院大学に進学。 卒業後、日立に入社。日立サンロッカーズ東京に入団する。 2016年オフ、地元のプロチームである京都ハンナリーズへ移籍したが、僅か1シーズンで退団。2017年オフに三遠ネオフェニックスに移籍する。2020-21シーズンに、スチール王となる。 2021年、秋田ノーザンハピネッツに移籍。3年契約の予定であったが、2022-23年シーズンオフに退団した。 2023年にファイティングイーグルス名古屋と契約を結んだ。
稲垣 諒(いながき りょう、1988年11月26日 - )は… 稲垣 諒(いながき りょう、1988年11月26日 - )は、奈良県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。 小学校3年の時にバスケットボールを始めた。椿井アキンズ、奈良市立三笠中学校、東山高校を卒業し、関西学院大学に進学した。 卒業後、2012年7月、京都ハンナリーズの練習生となり、9月に選手契約を結んだ。 2013年7月、バンビシャス奈良と契約を結んだ。
金井 賢治(かない けんじ、1988年4月22日 - )は、… 金井 賢治(かない けんじ、1988年4月22日 - )は、バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。東京サンレーヴス所属。 東山高校を卒業後の2007年4月、早稲田大学に進学。4年生時の2010年第86回関東大学バスケットボールリーグ戦2部でアシスト王を獲得。 2011年、JBL2の豊田通商ファイティングイーグルスに入団。 2013年8月、bjリーグの東京サンレーヴスに移籍。2013-14シーズンはレギュラーシーズン全52試合に出場し、1試合平均5.5得点。 2015年オフ、NBDL(2016ー17年シーズンからはB3.LEAGUE)の東京八王子トレインズに所属。 2018-19年シーズンより、古巣であるB3.LEAGUE所属の東京サンレーヴスへ復帰した。
岩隈 隆士(いわくま たかし、1984年6月29日 - )は… 岩隈 隆士(いわくま たかし、1984年6月29日 - )は、日本の元バスケットボール選手である。ポジションはガード。福岡県出身で日本バスケットボールリーグの日立サンロッカーズに所属していた。 東山高校から早稲田大学に進み、主将も務める。 卒業後、日立サンロッカーズに入団。2013年引退。
岡田 優(おかだ ゆう、1983年〈昭和58年〉7月4日 -… 岡田 優(おかだ ゆう、1983年〈昭和58年〉7月4日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。滋賀県大津市出身。現役時代のポジションはシューティングガード。 10歳でバスケットボールを始める。大津市立粟津中学校時代に滋賀県大会で優勝した実績を引き下げ、京都の東山高校に入学。1年時にウィンターカップに出場し、ベスト8に進出する。大学は近畿大学に進学し、2年・4年時に関西リーグ優勝を経験。個人タイトルとして、2度の3ポイント王と得点王にも輝いている。インカレには4年連続で出場している。 卒業後、日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の高松ファイブアローズのチームトライアウトに合格し入団。
左官 磨育(さかん まいく、1983年4月28日 - )は、… 左官 磨育(さかん まいく、1983年4月28日 - )は、滋賀県草津市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード/シューティングガード。183cm,83kg。 草津市立高穂中学校を卒業後、京都の東山高等学校に進学。1年でウィンターカップベスト8を経験する。同期に岡田優、1学年下に岩隈隆士がいる。 その後、アメリカへの留学を経て近畿大学に進学。関西タイトル獲得に貢献する一方、NKS-405 ALLSTARにも参加。 大学卒業後はbjリーグ合同トライアウトを経て、2008年に滋賀レイクスターズに練習生として入団した後、プロ契約に至ったが2009年に退団した。 滋賀レイクスターズを退団した後はフィリピンでPBA(フィリピン・バスケットボール・アソシエーション)所属チームとの契約を目指した。
三木 力雄(みき りきお、1957年〈昭和32年〉7月29日… 三木 力雄(みき りきお、1957年〈昭和32年〉7月29日 - )は、日本の元バスケットボール選手で、現在は指導者。京都府出身。現役時代のポジションはポイントガード。B3リーグ・東京八王子ビートレインズヘッドコーチ。 東山高等学校から京都産業大学を経て、1980年に熊谷組に入社。 10年間選手として活躍し、引退後は母校である京産大を始め、中学生、国体チームなどで指導者として育成に取り組む。 2003年、さいたまブロンコスのヘッドコーチに就任。チームを日本リーグ2連覇に導く。 bjリーグ発足後は、テクニカルアドバイザーに退くが、2006-07シーズンは山根謙二ヘッドコーチの下、アシスタントコーチを務めた。