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茂山 逸平(しげやま いっぺい、1979年(昭和54年)6月… 茂山 逸平(しげやま いっぺい、1979年(昭和54年)6月12日 - )は、狂言方大蔵流能楽師、俳優 。重要無形文化財保持者(総合認定)。二世茂山七五三の次男。京都市芸術新人受賞者、京都府文化賞奨励賞受賞者。 1979年、茂山眞吾(二世茂山七五三)の次男として京都府に生まれる。 父・二世茂山七五三、祖父・四世茂山千作、曽祖父・三世茂山千作に師事。1983年、『業平餅』の童で初舞台を踏んだ。能の子役としても広く活動していた。近年、能と狂言両方の子役を幅広く経験しているのは逸平と和泉流の石田淡朗の二人だけである[要出典]。 東山高等学校卒業。立命館大学文学部日本史学専攻 中退[要出典]。 1994年には、兄・宗彦、従兄弟の茂と「花形狂言少年隊」を結成。
茂山 宗彦(しげやま もとひこ、1975年〈昭和50年〉6月… 茂山 宗彦(しげやま もとひこ、1975年〈昭和50年〉6月4日 - )は、狂言方大蔵流の能楽師・俳優 。重要無形文化財保持者(総合認定)。二世茂山七五三の長男。 1975年に、茂山眞吾(二世茂山七五三)の長男として生まれる。 父、祖父四世茂山千作および曽祖父 三世茂山千作に師事し、1979年、4歳のとき「以呂波」で初舞台を踏む。愛称は「もっぴー」。 1989年に京都能楽養成会に入会、1990年に「千歳」、1996年に「三番三」を披くなど活動を重ねるが、狂言師としてやっていく決意をしたのは、2000年に「釣狐」を披いた頃であった。 1994年、従弟の茂、弟の逸平とともに「花形狂言少年隊」を結成し、若い世代向けに活動する。
十四世茂山 千五郎(しげやま せんごろう、1972年(昭和4… 十四世茂山 千五郎(しげやま せんごろう、1972年(昭和47年)7月7日 - )は、狂言方大蔵流の能楽師。五世茂山千作(十三世茂山千五郎)の長男。狂言方の名跡・「茂山千五郎」の当世、茂山千五郎家14代目当主(2016年 - )、京都府文化賞功労賞受賞者、重要無形文化財保持者(総合認定)。本名は茂山 正邦(しげやま まさくに)。 1972年、茂山正義(五世千作・十三世千五郎)の長男として生まれる。父、祖父四世茂山千作、曽祖父 三世茂山千作に師事。1976年、「以呂波」のシテで初舞台。 東山高等学校卒業、立命館大学中退。1989年に「三番三」を披き、1993年に「花形狂言会」への入会と共に「釣狐」を披く。
二世茂山 七五三(しげやま しめ、1947年(昭和22年)8… 二世茂山 七五三(しげやま しめ、1947年(昭和22年)8月30日 - )は、狂言方大蔵流の能楽師、人間国宝(重要無形文化財「狂言」各個認定保持者)。本名は茂山眞吾。 1947年、父・七五三(後の四世茂山千作)と母・幸子の次男として京都府に生まれる。 2歳頃から祖父の三世茂山千作より狂言の稽古を付けられ、4歳で狂言「業平餅」の子方にて初舞台を踏む。 中学生だった1962年に、母が死去した。翌年(1963年)に父は再婚し、1964年には年の離れた異母弟・千三郎(2020年末まで千五郎家で活動、その後独立)が誕生する。 東山高等学校卒業。高校時代から剣道を本格的に始め、京都産業大学経済学部に進学後も続けて、3回生の時には全国大会で個人ベスト16となった。