スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
濱井 正吾(はまい しょうご、1990年11月11日 - )… 濱井 正吾(はまい しょうご、1990年11月11日 - )は、日本のYouTuber、教育ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ。 兵庫県丹波市出身。丹波市立和田小学校、丹波市立和田中学校を経て兵庫県立篠山産業高等学校(商業科)を卒業後、推薦入試で合格した大阪産業大学経済学部に進学し、3年次に龍谷大学経済学部現代経済学科へ編入学し卒業。 周囲に大卒者がいない環境で生まれ育った。10歳のとき、父が脳出血で働けなくなり低所得世帯になったことで、高校卒業後にすぐ働きに出るつもりで職業科のある高校へ進む。しかし、高校時代にいじめを受けた経験から、社会的に偉くなって見返したいと思い、奨学金を借りて大学に進学。
長沢 宏行(ながさわ ひろゆき、1953年4月26日 - )… 長沢 宏行(ながさわ ひろゆき、1953年4月26日 - )は、兵庫県出身の野球指導者、ソフトボール指導者、保健体育教諭。 兵庫県出身。高校時代は、西宮市の阪神甲子園球場で開催される、全国高等学校野球選手権大会において、各校のプラカードを持ち先導を担当する、西宮市立西宮高等学校に在籍。高校時代は、4番を打ち、主将も務めた。 同校を卒業後は、首都大学野球連盟所属の日本体育大学に進学。 大学卒業後は、女子ソフトボール部の指導者として、夙川学院高等学校で指導に当たる。 1996年アトランタオリンピックでは、女子ソフトボール日本代表のヘッドコーチを務めた。 2003年には、鹿児島県の神村学園高等部に赴任し、野球部の監督に就任。
酒井 龍一(さかい りゅういち、1947年4月17日 - … 酒井 龍一(さかい りゅういち、1947年4月17日 - )は、日本の考古学者、奈良大学名誉教授。 兵庫県多紀郡篠山町(現在の丹波篠山市)に生まれ、1966年に兵庫県立篠山産業高等学校を卒業して関西外国語大学外国語学部英米語学科に学び、1970年に卒業した。学生時代に弥生時代中期の環濠集落遺跡である池上・曽根遺跡の発掘調査のアルバイトをしたことを契機に、考古学に関心をもち、大学卒業後も発掘調査に参加し続け、その後、新設された大阪文化財センター(現:大阪府文化財センター)の職員となり、研究論文を出すなどして研究者として認知されるようになった。 1981年に休職して渡米し、アリゾナ大学で語学研修を受けつつ、考古学関係の授業も受講した。
瀬戸 亀男(せと かめお、1936年2月6日 - 2007年… 瀬戸 亀男(せと かめお、1936年2月6日 - 2007年9月4日)は、日本の政治家。兵庫県多紀郡篠山町長(1期)、初代篠山市長(1期)などを務めた。 兵庫県多紀郡篠山町(篠山市を経て現・丹波篠山市)出身。1955年(昭和30年)、篠山農業高校(現・篠山産業高校)卒業。 1967年(昭和42年)、篠山町農協青壮年部長。1974年(昭和49年)篠山町教育委員。1979年(昭和54年)から篠山町議会議員を務め1991年(平成3年)に町議会議長。町議は5期務めた。 1996年(平成8年)、篠山町長選挙に出馬し初当選。1998年(平成10年)、人口4万人でも市昇格ができるように、代議士谷洋一に伴われ自民党鴻池祥肇などに陳情を行った後、市制施行要件の特例の法改正が行われ、翌1999年4月1日に篠山市は、人口4万人以上で市制施行できる合併特例法(2005年3月31日まで)により全国671番目・兵庫県22番めの市として発足した。