スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
繁本 護(しげもと まもる、1972年〈昭和47年〉12月2… 繁本 護(しげもと まもる、1972年〈昭和47年〉12月26日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。 財務大臣政務官(第1次岸田内閣)などを歴任。 1991年兵庫県立姫路西高等学校卒業。1995年神戸大学工学部土木工学科卒業。1997年神戸大学大学院自然科学研究科建設学(土木コース)専攻修了後、運輸省入省(現国土交通省) 。2003年イリノイ工科大学経営大学院修了(MBA)。 新しい霞ヶ関を創る若手の会設立 、北海道開発局港湾事務所長、釧路市港湾空港部長就任 、国土交通省国際調整官 を経て、2010年、伊東良孝衆議院議員政策秘書に就任。 2017年、公募で自由民主党衆議院京都府第2区支部長となり、同年の第48回衆議院議員総選挙で小選挙区では前原誠司に敗れ及ばなかったが、重複立候補していた比例近畿ブロックで初当選した。
きいちろ(本名:加古 貴一郎(かこ きいちろう、1963年8… きいちろ(本名:加古 貴一郎(かこ きいちろう、1963年8月18日 - 2025年1月26日)は、日本の政治活動家、元国交官僚。 1963年兵庫県姫路市生まれ。 1982年兵庫県立姫路西高等学校卒業。1986年京都大学工学部建築学科卒業。同年4月建設省(当時)入省。 S&Lミュージック名誉顧問・企画立案スーパーバイザー。ひめじ観光大使を務めた。 2023年6月、国交省を退職。7月5日、日本維新の会が次期衆院選兵庫9区に加古を擁立すると発表。 2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙の結果、小選挙区では得票率13.1%での3位に留まり、比例でも復活ならず落選した。11月3日、自身のX(旧twitter)で日本維新の会を離党したことを公表。
杉本 和行(すぎもと かずゆき、1950年(昭和25年)9月… 杉本 和行(すぎもと かずゆき、1950年(昭和25年)9月13日 - )は、日本の財務官僚、弁護士。内閣総理大臣事務担当秘書官、財務省大臣官房総括審議官、大臣官房長、主計局長、財務事務次官、みずほ総合研究所理事長を経て、2013年3月から2020年9月まで公正取引委員会委員長を務めた。 兵庫県姫路市出身。東大紛争が激しさを増し、入試が取り止めになったため、京都大学に入学する。しかし、入学式の時からバリケードができており、1年間授業が開講されなかったため、再受験し、東京大学文科一類に入学し直す。東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大在学中に司法試験と国家公務員上級甲種試験に合格。進路で多少の迷いがあったものの、「官界、とりわけ大蔵省(当時)は国内関係から国際関係まで幅広い分野の仕事ができる」と感じ、1974年4月 大蔵省(現・財務省)に入省する。
堀川 和洋(ほりかわ かずひろ、1942年(昭和17年)7月… 堀川 和洋(ほりかわ かずひろ、1942年(昭和17年)7月8日 - 2004年(平成16年)8月4日)は、日本の警察官僚、政治家。内閣総理大臣秘書官。中国管区警察局長。姫路市長。正四位旭日中綬章。松本市名誉市民。 姫路市出身。兵庫県立姫路西高等学校を経て京都大学法学部卒業。1965年(昭和40年)警察庁に入庁し各地で勤務。 1995年(平成7年)の姫路市長選挙で当選し、以後2期務める。姫路市長在任中は、全国初の中核市への移行や、警察関係を歴任した経験から暴走行為やそれを煽る行動を取り締まる期待族防止条例を制定している。また、JR山陽本線の高架化、レンタサイクルやループバスの開業、キャスティ21計画など駅周辺の整備にも力を入れた。
永田 秀次郎(ながた ひでじろう、1876年(明治9年)7月… 永田 秀次郎(ながた ひでじろう、1876年(明治9年)7月23日 - 1943年(昭和18年)9月17日)は、兵庫県三原郡長田村(現:南あわじ市倭文長田)出身の日本の官僚、政治家、俳人、随筆家。第18代官選三重県知事、第8代・第14代東京市長、第4代拓殖大学学長、貴族院勅選議員。廣田内閣の拓務大臣、阿部内閣の鉄道大臣を歴任。俳名・筆名は永田 青嵐(ながた せいらん)で、多くの著書や句集を残している。 長男は自由民主党衆議院議員の永田亮一。 初代倭文村村長を務めた永田実太郎の次男として出生。弟に京都市土木局長、横浜市電気局長を務めた永田兵三郎がいる。 三原高等小学校卒業後、進学校の1つだった姫路中学校を受験するが不合格となる。
小泉 又一(こいずみ またいち、慶応元年5月20日(1865… 小泉 又一(こいずみ またいち、慶応元年5月20日(1865年6月13日) - 大正5年(1916年)5月16日)は、日本の文部官僚・教育者。族籍は兵庫県士族。位階および勲等は正四位・勲四等。 兵庫県姫路市出身。姫路藩士で藩校の教官の小泉吉善と母ふさ(同藩士の白倉直記の三女。天保14年12月生)の長男として生まれる。弟に海軍少将の小泉武三がいる。姫路中学校を経て、1887年(明治20年)に東京高等師範学校を卒業。沖縄県尋常師範学校教諭、沖縄県学務課長心得、沖縄県尋常師範学校校長補、徳島尋常中学校教諭、福岡県尋常師範学校教諭、同教頭、同校長、和歌山県第一尋常中学校校長を歴任した。1899年(明治32年)、東京高等師範学校教授・同附属小学校主事に転じ、1905年(明治38年)からは同附属中学校主事も兼ねた。