スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
田中 智樹(たなか ともき、1972年8月28日 - )は、… 田中 智樹(たなか ともき、1972年8月28日 - )は、日本の実業家。ブンセン株式会社代表取締役社長。 兵庫県揖保郡新宮町(現・たつの市新宮町)に生まれる。兵庫県立龍野高等学校から大阪経済大学経営学部に進学し、1995年(平成7年)3月に卒業後、1998年(平成10年)3月イトーヨーカ堂に入社した。 2001年(平成13年)同社退職後、2002年(平成14年)9月にブンセンに入社した。この間、2003年4月大阪大学大学院経済学研究科入学、2005年(平成17年)3月修士(経営学)を取得した。 2006年(平成18年)10月にブンセン理事およびブンセンキッチン株式会社社長に就任し、ブンゼン取締役(2009年(平成21年)8月)を経て、2012年(平成24年)8月から取締役副社長となる。
木南 岩男(きみなみ いわお、1930年(昭和5年)1月1日… 木南 岩男(きみなみ いわお、1930年(昭和5年)1月1日 - 2022年(令和4年)1月16日)は、日本の実業家。新宮運送創業者。全国商工会連合会副会長、兵庫県商工会連合会会長、兵庫県共済協同組合理事長、新宮観光協会副会長、たつの市商工会会長、その他多くの公職を歴任。1962年(昭和37年)に興した運送会社で創業以来、死亡事故0を続け、エコドライブコンテスト 環境大臣賞、エコドライブ活動コンクール最優秀賞、環境大臣賞『環境保全功労者表彰』、『あおぞら大賞』(兵庫県)、『鈴木賞』などの受賞歴がある。 2014年には旭日小綬章受賞。また、たつの市商工会会長時代には、地方創生の一環として、御津町室津の牡蠣と龍野の醤油をコラボレーションした「牡蠣しょうゆ」を開発し、ヒットさせ地域の活性化にも貢献したほか、公職でも多くの実績を残した。
河本 敏夫(こうもと としお、1911年〈明治44年〉6月2… 河本 敏夫(こうもと としお、1911年〈明治44年〉6月22日 - 2001年〈平成13年〉5月24日)は、日本の政治家、実業家。 衆議院議員を連続17期務め、沖縄開発庁長官(第15代)、対外経済問題・民間活力導入担当大臣(第2次中曽根第1次改造内閣)、経済企画庁長官(第32・34代)、通商産業大臣(第34・36代)、郵政大臣(第28代)、衆議院議員(17期)、自由民主党政務調査会長などを歴任し、一時は「三角大福」に次ぐ自民党の実力者としても知られた。また、政界入り前は海運大手の1社だった三光汽船社長を務めており、政界入りに当たって辞任した後も事実上のオーナーであった。 正三位勲一等旭日大綬章受章。
鹿島 守之助(鹿嶋 守之助、かじま もりのすけ、明治29年(… 鹿島 守之助(鹿嶋 守之助、かじま もりのすけ、明治29年(1896年)2月2日 - 昭和50年(1975年)12月3日)は、日本の外交官、実業家、政治家、参議院議員(3期)。位階は正三位。北海道開発庁長官(第14代)、外交史研究家。文化功労者。法学博士。鹿島建設会長。鹿島建設「中興の祖」。戦前よりアジアの地域統合「パン・アジア」(汎アジア)を提唱し、生涯にわたりその思想のもとに行動する。旧姓永富(ながとみ)。 兵庫県揖保郡半田村新在家(のちたつの市揖保川町新在家)に父・永富敏夫、母・くわんの四男として生まれた。 父・敏夫について、鹿島守之助の『私の履歴書』によれば、「明治8年(1875年)父敏夫が、わずか12歳の年少の身で家督をついだ時には、さしも広大を誇った永富家の所有田地も、30町歩余に激減し、倉に残されていた100余振りの刀剣も、そのほとんど目ぬきの金が無残に切りとられて、売り払われていた。