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中込 伸(なかごみ しん、1970年2月16日 - )は、山… 中込 伸(なかごみ しん、1970年2月16日 - )は、山梨県出身の元プロ野球選手(投手)・指導者・監督。2009年まで中華職業棒球大聯盟・兄弟エレファンツの監督を務めていた。 中学時代は剃り込み頭にちゃんちゃんこ、雪駄という恰好で通学していた。[要出典] 田名網英二総監督の誘いで甲府工を受験したが全日制は不合格となり、定時制に進学。翌年、全日制に編入。1986年秋の関東大会では準々決勝で常総学院の島田直也と投げ合って延長11回を完封勝利すると準決勝も延長10回を投げ切るなど全試合を完投して優勝。1987年には、エースとして第59回選抜大会に出場、初戦に続き2回戦では大道典良のいる明野高も完投勝利してベスト8。
小玉 明利(こだま あきとし、本名読み:はるとし、1935年… 小玉 明利(こだま あきとし、本名読み:はるとし、1935年6月10日 - 2019年5月19日)は、兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手(内野手)・監督。実弟に社会人野球で活躍し、同志社大学監督をつとめた小玉孝がいる。 神崎工業高校2年生時の1953年、近鉄パールスの入団テストを受ける。その際、捕手の根本陸夫に打撃の素質を見出され、根本は芥田武夫監督に「ぜひ小玉を採用すべきだ」と進言した。芥田は朝日新聞運動部長から前年途中に監督に就任したばかりで「高校を中退させるには…」と躊躇したが、根本は「3年まで待つと他球団に取られる」として強引に口説いた。小玉は高校中退してプロ入団か、進級して高校生活を続けるか、という選択を迫られ、自ら高校を中退して入団の道を選んだ。