スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
永尾 カルビ(ながお カルビ、1960年 - )は、日本の作… 永尾 カルビ(ながお カルビ、1960年 - )は、日本の作家、エッセイスト、コラムニスト。男性。血液型はB型。 宮崎県生まれ。関西学院高等部卒業後、上京。編集プロダクションや雑誌の編集部のアルバイトを経て、1980年代前半より独立して文筆活動を始める。永尾カルビの筆名は1987年頃より使用。 1990年代初め、小林よしのりが「SPA!」に連載していた「ゴーマニズム宣言」を揶揄する内容の文章を「週刊文春」に寄稿したところ、小林から「ゴーマニズム宣言」において、顔写真入りで反撃を受けたことがある。 1995年に刊行した「真面目すぎる君に伝えたいこと」(PHP研究所)は日本図書館協会の推薦図書に指定された。
芦川 淳平(あしかわ じゅんぺい、本名:井間淳大、1957年… 芦川 淳平(あしかわ じゅんぺい、本名:井間淳大、1957年(昭和32年)10月19日 - )は、浪曲作家、浪曲歌謡実演家、浪曲親友協会監事。浪曲・演芸評論家、作詞家、日本脚本家連盟・日本放送作家協会会員。 兵庫県芦屋市生まれ。父親は地方公務員の家庭に育つ。 浪曲に関心を持ったのは中学2年生の時に三波春夫「俵星玄蕃」のレコードを購入したのがきっかけ。 関西学院高等部から関西学院大学経済学部卒業。大学では古典芸能研究会に所属、三波春夫、広沢瓢右衛門との面識を得る。 「岬あつし」名義で公演を行った後、1976年に雑誌「浪曲展望」を創刊。研究と取材を通して浪曲評論や脚本執筆に携わり、広告代理店勤務を経て浪曲作家・浪曲司会者となる。
団 鬼六(だん おにろく、1931年4月16日(戸籍上は9月… 団 鬼六(だん おにろく、1931年4月16日(戸籍上は9月1日) - 2011年5月6日)は、日本の小説家・脚本家・演出家・エッセイスト・映画プロデューサー・出版人。 SMものなどの官能小説の第一人者として著名である。代表作に『花と蛇』。多くの作品が映画化された。作家活動の他、鬼プロダクションを設立して、ピンク映画やSM雑誌を手掛けた。将棋雑誌の出版も行った。 本名は黒岩幸彦(くろいわ ゆきひこ)。初期のペンネームに黒岩松次郎、花巻京太郎。なお、本人の弁によると“鬼六”の読みは、“おにろく”でも“きろく”でもどちらでも構わないとのこと。 滋賀県彦根市の映画館「金城館」を経営する父のもとに生まれ、幼い頃から映画を楽しむと同時に実家の映画館は遊び場でもあった。
稲垣 足穂(いながき たるほ、1900年12月26日 - 1… 稲垣 足穂(いながき たるほ、1900年12月26日 - 1977年10月25日)は、日本の小説家。 1920年代(大正末)から1970年代(昭和後期)にかけて、抽象志向と飛行願望、メカニズム愛好、エロティシズム、天体とオブジェなどをモチーフにした数々の作品を発表した。代表作は『一千一秒物語』、『少年愛の美学』など。 稲垣は1900年(明治33年)の年末、大阪市船場に歯科医の次男として生まれた。7歳の頃から謡曲、仕舞を習う。小学生の時に祖父母のいる明石に移住し、神戸で育った。小さいころから映画や飛行機などに魅了され、その経験を後の作品に昇華させている。1914年、関西学院普通部に入学。同院では今東光と同級になる。
今 東光(こん とうこう、1898年〈明治31年〉3月26日… 今 東光(こん とうこう、1898年〈明治31年〉3月26日 - 1977年〈昭和52年〉9月19日)は、横浜生まれの小説家、天台宗大僧正(法名 春聽)、中尊寺貫主、参議院議員。大正末期に新感覚派の作家として出発。その後出家し、長く文壇を離れたが復帰。住職として住んだ河内や平泉、父祖の地、津軽など奥州を題材にした作品で人気を得た。週刊誌やテレビでも活躍し、毒舌和尚としても知られた。 作家・評論家で初代文化庁長官を務めた今日出海(ひでみ)は三弟。儒学者の伊東梅軒は母方の祖父。医師で第8代弘前市長や衆議院議員を務めた伊東重は母方の伯父。国家主義者の伊東六十次郎は従弟。外交官の珍田捨巳は父方の遠縁にあたる。