狹川 普文(さがわ ふもん、1951年 - )は、華厳宗の僧… 狹川 普文(さがわ ふもん、1951年 - )は、華厳宗の僧侶。東大寺別当(第222世・第223世)、華厳宗管長を務める。 東大寺塔頭北林院住職。別当再任は、大仏殿昭和大修理を指揮した清水公照(1975年-1981年)以来。 祖父・明俊、父・宗玄も東大寺別当。
東大寺学園高等学校:4人
狹川 普文(さがわ ふもん、1951年 - )は、華厳宗の僧… 狹川 普文(さがわ ふもん、1951年 - )は、華厳宗の僧侶。東大寺別当(第222世・第223世)、華厳宗管長を務める。 東大寺塔頭北林院住職。別当再任は、大仏殿昭和大修理を指揮した清水公照(1975年-1981年)以来。 祖父・明俊、父・宗玄も東大寺別当。
守屋 弘斎(もりや こうさい、出生名:守屋 隆夫(もりや た… 守屋 弘斎(もりや こうさい、出生名:守屋 隆夫(もりや たかお)、1928年1月3日 - 2022年12月24日)は、華厳宗の大僧正。東大寺第214世別当、華厳宗管長を務めた後、東大寺長老を歴任。 長野県諏訪市に生まれる。幼少期に両親と死別し、祖父のいる東大寺知足院に入寺。僧名を隆英と名乗るが、後に弘斎と改める。 東大寺が境内で運営する旧制金鐘中学校(現:東大寺学園中学校・高等学校)を1945年卒業。同期に新藤晋海第216世別当。 奈良県の県花、奈良市の市章になっている奈良八重桜(天然記念物:非公開)や、国の重要文化財である木造地蔵菩薩立像で有名な塔頭、知足院住職。 31回の修二会(お水取り)参籠記録をもち、最も修二会に精通した僧侶の一人。
新藤 晋海(しんどう しんかい、本名:新藤 昭彦(しんどう … 新藤 晋海(しんどう しんかい、本名:新藤 昭彦(しんどう あきひこ)、1927年 - 2001年3月17日)は華厳宗の僧侶。 第216世東大寺別当(住職)、華厳宗管長。大仏開眼千二百五十年慶讃大法要、奈良国立博物館特別展「東大寺のすべて」などに道筋をつけた。 叔父は第206世東大寺別当の上司海雲。子供がいなかった上司の勧めで東大寺に入寺、東大寺塔頭観音院を継承する。 1945年旧制金鐘中学校(現:東大寺学園中学校・高等学校)卒。龍谷大学文学部仏教学科卒。 新制金鐘高等学校(現:東大寺学園高等学校)の教師、主事(事務局長)、学校法人東大寺学園常任理事を経て、1984年同理事長(~1987年)。1986年東大寺学園中高等学校の校長兼任(~1987年)。
上司 海雲(かみつかさ かいうん、1906年(明治39年)2… 上司 海雲(かみつかさ かいうん、1906年(明治39年)2月15日 - 1975年(昭和50年)1月25日)は昭和の華厳宗の僧侶。第206世東大寺別当(住職)。文化人サロンを形成し「観音院さん」の名で親しまれた。 奈良市、東大寺塔頭持宝院に生まれる。1930年、龍谷大学英文科卒。一年志願兵で野砲22連隊に入隊。また太平洋戦争末期に召集され朝鮮に派遣される。1939年、東大寺塔頭観音院住職となる。東大寺学園中学校・高等学校校長、東大寺執事長、華厳宗宗務長等を歴任。1972年華厳宗管長・東大寺206世別当となり、開祖良弁上人の1200年忌を営む。東大寺大仏殿の昭和の大修理のために尽力したが、1975年、任期途中で癌で死去。