冨金原 俊二(ふきんばら しゅんじ、1935年 <昭和10年… 冨金原 俊二(ふきんばら しゅんじ、1935年 <昭和10年> 12月8日 - 2024年 <令和6年> 1月12日) は、日本の大蔵官僚。元経済企画事務次官。位階は正四位。瑞宝重光章受章。
島根県立浜田高等学校:4人
冨金原 俊二(ふきんばら しゅんじ、1935年 <昭和10年… 冨金原 俊二(ふきんばら しゅんじ、1935年 <昭和10年> 12月8日 - 2024年 <令和6年> 1月12日) は、日本の大蔵官僚。元経済企画事務次官。位階は正四位。瑞宝重光章受章。
熊谷 典文(くまがい よしふみ、1915年(大正4年)11月… 熊谷 典文(くまがい よしふみ、1915年(大正4年)11月30日 - 1999年(平成11年)4月1日)は、日本の官僚。通商産業事務次官で退官後、住友金属工業社長・会長。位階は従三位。 島根県浜田市出身。浜田中学、六高を経て、1939年(昭和14年) 東京帝国大学法学部法科を卒業し住友本社に入社する。 翌年、商工省(後、通産省)入省。同期に、吉國一郎、小島慶三など。 戦後、通産省重工業局長、官房長、公益事業局長、企業局長を経て、1968年(昭和43年) 通産事務次官就任。八幡製鐵・富士製鐵の合併を推進した。 1969年(昭和44年)に退官し、1971年(昭和46年)住友金属工業に入社、常務に就任。
大達 茂雄(おおだち しげお、1892年(明治25年)1月5… 大達 茂雄(おおだち しげお、1892年(明治25年)1月5日 - 1955年(昭和30年)9月25日)は、日本の内務官僚、政治家。内務大臣(小磯内閣)、文部大臣(第5次吉田内閣)。参議院議員(1期)。 島根県那賀郡浜田町(現・浜田市)に、酒造業・大達新作の次男として生まれる。浜田中学から一高に進み、1916年(大正5年)に東京帝国大学法科大学政治学科を卒業、内務省に入る。宮城県属。 内務省では地方局財務課長を経て1932年(昭和7年)福井県知事となる。福井師範学校整理問題で県会と衝突し、それに対する内務省の扱いに不満を抱いて辞表を提出した。 1934年に満洲国に招かれて満洲国国務院総務庁法制処長、1936年同国務院総務庁長を歴任。
俵 孫一(たわら まごいち、1869年6月16日〈明治2年5… 俵 孫一(たわら まごいち、1869年6月16日〈明治2年5月7日〉- 1944年〈昭和19年〉6月17日)は、日本の官僚、政治家。衆議院議員。商工大臣、立憲民政党幹事長などを歴任した。従二位勲一等。 1869年(明治2年)5月7日、石見国浜田(現:島根県浜田市)に俵家の3代目・三九郎、ミナの五男として生まれる。幼少の頃から家業の醤油醸造、ろうそくの製造販売等を手伝う。 浜田中学(現・島根県立浜田高等学校)、泊園書院(現:関西大学)、共立学校(現:開成中学校)、第一高等学校を経て1895年(明治28年)帝国大学法科大学英法科(現:東京大学法学部)を卒業する。卒業後は内務官僚として官界に入り、1907年(明治40年)大韓帝国の学部次官、1910年(明治43年)同国の土地調査局副総裁(後の朝鮮総督府臨時土地調査局副総裁)に就任。