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奈良木 陸(ならき りく、1998年4月16日 - )は、広… 奈良木 陸(ならき りく、1998年4月16日 - )は、広島県府中市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)。プロでは育成選手だった。 府中市立第一中学校では軟式野球部に所属し県大会に優勝。 広島県立府中高等学校では甲子園出場はなく、3年夏の県大会は3回戦敗退。 筑波大学理工学群社会工学類に一般受験で現役合格し野球部に入部。首都大学リーグ戦では主にリリーフとして登板。3年までの登板数はわずか5試合であり目立たなかったが、4年時に自己最速の151km/hを記録し、8月に行われた巨人三軍とのプロアマ交流戦で1回を無失点に抑えるなど、急速にレベルアップしドラフト候補に浮上した。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツより育成ドラフト9位で指名を受け、11月28日に支度金300万円、年俸400万円(推定)で仮契約を結んだ。
根来 広光(ねごろ ひろみつ、1936年9月24日 - 20… 根来 広光(ねごろ ひろみつ、1936年9月24日 - 2009年11月27日)は、広島県府中市出身のプロ野球選手(捕手、投手)・コーチ・監督。 1945年8月6日の原爆投下直前まで広島市に住んでいたが、現在の府中市に疎開して難を逃れた。 中学時代は大分県別府市で育ち、河村英文は根来の姉と高校が同級である。 府中高校時代はエースで、県内では有名な投手であった。当時の広島はレベルが高く、広瀬叔功・木下強三ら県内の同期は7人がプロ入りした。 卒業後の1955年に東京鉄道管理局へ入部すると、1956年には熊谷組の補強選手として都市対抗に出場。決勝に進出し日本石油の藤田元司と投げ合うが惜敗、準優勝にとどまった。
渡辺 礼次郎(わたなべ れいじろう、1931年7月27日 -… 渡辺 礼次郎(わたなべ れいじろう、1931年7月27日 - )は、広島県府中市出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 府中高校から明治大学に進学。東京六大学野球リーグでは1952年秋季リーグで打率.333の記録を残し、同じ明大の岩崎亘利と首位打者を分け合う。1953年秋季リーグでは、秋山登らの好投もあって戦後初優勝を飾った。リーグ通算71試合出場、227打数57安打、打率.251、0本塁打、26打点。 1954年に国鉄スワローズへ入団。1年目から一軍に上がり、9月から遊撃手として36試合に先発出場。一番打者としても20試合に起用される。その後も中村栄、大久保英男と定位置を争い、5年目となる1958年にはレギュラーを獲得した。