スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
渡辺 綾菜(わたなべ あやな、1996年8月15日 - )は… 渡辺 綾菜(わたなべ あやな、1996年8月15日 - )は、山口県出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグのオムロン所属。 山口県立岩国商業高等学校時代は2012年に日本代表U-16に選出。 2013年は第5回女子ユースアジア選手権の日本代表U-18に選ばれた。 高校卒業後は環太平洋大学へ進学。2017年の中四国学生ハンドボール選手権大会春季リーグでベストセブンを受賞。 2018年は中四国学生ハンドボール選手権大会秋季リーグでベストセブンに選出された。 2019年に日本ハンドボールリーグのオムロンへ加入。 この項目は、ハンドボールに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ)。
田口 梓乃(たぐち しの、1992年8月18日 - )は、女… 田口 梓乃(たぐち しの、1992年8月18日 - )は、女子競輪選手。行政書士、海事代理士。旧姓は三輪(みわ)。山口県岩国市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期卒業。日本競輪選手会山口支部(当初は広島支部所属)。選手登録番号14922。師匠は齋藤勝(53期)。 実父の三輪直弘(66期)、叔父の三輪俊之(68期)はともに元競輪選手。夫は同じく競輪選手の田口守(94期)。 山口県立岩国商業高等学校を経て、2011年2月25日、競輪学校入学試験に合格。在校競走成績は第10位(9勝)。2012年5月1日に選手登録された。 2012年7月6日、京王閣競輪場でデビューし3着。初勝利は同年8月15日の平塚競輪場。
村上 文敏(むらかみ ふみとし、1962年11月27日 - … 村上 文敏(むらかみ ふみとし、1962年11月27日 - )は、山口県岩国市出身の元アマチュア野球選手(内野手)、野球指導者。 元グラビアアイドルの村上友梨は娘。 岩国商では1番・遊撃手として2年秋に県大会優勝で中国大会へ進むと、倉吉北高との初戦は9回日没引分けとなって再試合では延長18回の末に惜敗し選抜出場は逃した。3年夏の甲子園には出場したが初戦で美濃加茂高に敗退。駒澤大学に入学し、広瀬哲朗の後を受けて遊撃手として1学年上の白井一幸と二遊間を組むと4年では主将も務め、春はベストナインで1984年の第13回日米大学野球選手権の日本代表に選ばれた。4年秋の明治神宮大会では同期の河野博文、横田真之らのメンバーで優勝。
岩瀬 成子(いわせ じょうこ、1950年(昭和25年)8月2… 岩瀬 成子(いわせ じょうこ、1950年(昭和25年)8月25日 - )は、日本の児童文学作家。山口県玖珂郡玖珂町出身。山口県岩国市在住。 山口県立岩国商業高等学校卒業後、公務員として働く。今江祥智の講演を聞いて、京都の聖母女学院短期大学の聴講生として児童文学を学ぶ。1975年、岩国に帰郷後、在住。1977年岩国市内の「ほびっと」をモデルにした作品でデビュー。 1978年『朝はだんだん見えてくる』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。『「うそじゃないよ」と谷川くんはいった』で産経児童出版文化賞、小学館文学賞、IBBYオナーリスト賞を受賞、『ステゴザウルス』『迷い鳥とぶ』で路傍の石文学賞を受賞。2008年、『そのぬくもりはきえない』で日本児童文学者協会賞を受賞。
中本 富士雄(なかもと ふじお、1938年6月13日 - )… 中本 富士雄(なかもと ふじお、1938年6月13日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(投手)。 岩国商業高では柳井高・遠井吾郎とともに、山口を代表する選手として知られていた。1957年夏にはエースとして、初の西中国大会進出に導いている。 高校卒業後、社会人野球の東洋紡岩国を経て、1957年暮れに広島カープへ入団。元々は南海ホークスのテストに合格していたが、地元の岩国市へ帰る汽車の中で付き添いの高校時代の監督から広島という球団の存在を知り、広島駅で途中下車して広島市民球場でテストを受け合格し、実家に近いという理由で広島入りした。 入団1年目の1958年から長谷川良平、備前喜夫に次ぐ先発3番手として期待され、ルーキーイヤーは1度の完封勝利(5月22日の阪神タイガース戦〈甲子園球場〉)を含む7勝を挙げている。
児玉 美紀(こだま みき)は、『着物女子』のデザインテーマで… 児玉 美紀(こだま みき)は、『着物女子』のデザインテーマで制作活動をしているイラストレーター。自身の作品を使用したアートグッズの販売と、『跳梁跋扈』というタイトルでのアーティスト合同作品展の主催も手がける。 1980年、山口県小郡町(現山口市)生まれ。 山口県立岩国商業高等学校情報処理科を卒業し、比治山大学短期大学部美術科日本画コースに進学。同時期に教鞭をとっていた日本画界のホープの一人でケラ美術協会メンバーであった野村久之に師事し日本画の世界を学ぶ。 学卒後、社会人として企業勤務の傍ら創作活動を続け、現在は広島市を拠点に活動中。 代表作である『着物女子』は、コンピュータグラフィックスを活用し、日本をイメージする着物・和文化をモチーフにして、和柄や日本画の技法を取り入れた画風。