スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
新居 歩美(にい あゆみ、2003年(平成15年)6月28日… 新居 歩美(にい あゆみ、2003年(平成15年)6月28日 - )は、日本のアイドル、元・アキシブproject、現・ドラマチックレコードのメンバー。香川県高松市出身。 家族構成は父、母、妹。好きな色は、赤、白、水色。愛猫家で、猫の「ゆず」「かぼす」の2匹と暮らしている。アイドルへの理想像やこだわりが非常に強くバージンヘアで、ピアスも今まで一度もしていない。 お笑い好きであり、2024年には152現場のお笑いライブに足を運んでいる。自らの芸歴について、「神保町で言うところの10億円や定点計画と同じ。センチネルと結成年は同じ。」と語っている。お笑い好きになったのはアイドルになってからであり、先に上京していたお笑い好きの先輩に劇場に連れて行ってくれたことがきっかけである。
古市 尊(ふるいち たける、2002年6月15日 - )は、… 古市 尊(ふるいち たける、2002年6月15日 - )は、香川県丸亀市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 6歳から綾歌少年野球クラブで野球を始める。丸亀市立綾歌中学校時代はリトルリーグシニアチームに所属した。 香川県立高松南高等学校では1年時は外野手を務め、2年生から捕手に転向する。2020年夏の代替地方大会では1番打者を務めた。当時よりプロ野球ドラフト会議指名候補と報じられ、8月に阪神甲子園球場で開催されたプロ志望高校生合同練習会に参加した。プロ志望届を提出したが、NPBにはドラフト指名されなかった。プロ志望届は、古市に着目していたNPB球団のスカウトからの依頼で出したものだったが、指名されなかったことで却ってNPB入団を望む気持ちが生じたという。
東原 枝里(ひがしはら えり、1991年11月3日 - )は… 東原 枝里(ひがしはら えり、1991年11月3日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 香川県高松市出身。高松南高を卒業後、大阪国際大学に進学。大学3年次の西日本大学バレーボール5学連女子選抜対抗戦では関西選抜として出場し、ブロック賞を受賞した。 2013年12月に日立リヴァーレの内定選手となった。2014年5月の第63回黒鷲旗大会にてデビューした。入団1シーズン目となる2014/15シーズン、V・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2018年、2017/18シーズン終了をもって現役を引退した。 Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。
希善龍 貴司(きぜんりゅう たかし、1985年4月30日 -… 希善龍 貴司(きぜんりゅう たかし、1985年4月30日 - )は、香川県善通寺市与北町出身で木瀬部屋(閉鎖処分中は北の湖部屋)に所属した元大相撲力士。本名は亀井 貴司(かめい たかし)。身長195cm、体重160kg。最高位は東十両11枚目(2013年5月場所)。 善通寺市立与北小学校4年次に、当時の担任教諭の勧めで与北相撲クラブ(現在の香川相撲クラブ)に入り、相撲を始めた。小学生時代は香川県の小学生横綱に輝き、善通寺市立東中学校3年次は柔道部に所属しながら相撲の大会にも出場して県大会で優勝。香川県立高松南高校入学後は相撲一本に絞り、3年次に出場した選抜高校相撲内大会では個人3位に入賞している(このときの優勝はのちの関脇・栃煌山)。
豊島 幸一(とよしま こういち、1978年9月12日 - )… 豊島 幸一(とよしま こういち、1978年9月12日 - )は、香川県出身のサッカー指導者、元学生サッカー選手。 2023年時点でJFA公認A級コーチジェネラル、JFA公認GKレベル1コーチライセンスを保有。 大学までは選手としてプレー。大学卒業後は指導者の道へ進み、高校・サガン鳥栖の下部組織を経て、FC琉球、ギラヴァンツ北九州 でGKコーチを務める。 2017年からはカマタマーレ讃岐でGKコーチに就任する。 2019年からロアッソ熊本GKコーチに就任。 2021年からガイナーレ鳥取GKコーチに就任。2023年3月7日、暴言・暴行のパワハラ行為により契約解除となった。 鳥取解雇後は地元に戻り中学生の指導を行っていたが、2023年6月9日、福井ユナイテッドFCのGKコーチに就任。
黒川 俊博(くろかわ としひろ、1971年2月24日 - )… 黒川 俊博(くろかわ としひろ、1971年2月24日 - )は、香川県高松市出身の元サッカー選手、サッカー審判員、サッカー指導者。 ポジションは、DF。 高松南高校から、1989年、JSL2部・川崎製鉄サッカー部へ入部。1992年シーズンに、旧JFL2部のベストイレブンに選出された。クラブのヴィッセル神戸移行後の1995年シーズンは、出場機会に恵まれず、同年退団となった。 その後、サッカー審判員1級を取得し、2009年にJFLの10試合の主審を務めたのをはじめ、その他公式戦の主審・副審・第4の審判員を務めた。 現在は、ピナクル倉敷フットボールクラブの代表を務め、山田恭也らを育成した。 高さを生かしたヘディングを武器とする大型のセンターバック。
野田 大燈(のだ だいとう、1946年3月21日 - )は、… 野田 大燈(のだ だいとう、1946年3月21日 - )は、日本の曹洞宗の僧侶、教育者。喝破道場塾長、報四恩精舎住職。元總持寺後堂。 サッカーワールドカップ日本代表元監督の岡田武史の心の師として知られる。 1946年3月21日、香川県高松市に生まれる。1973年、働きながら香川県立高松南高等学校定時制を卒業。指圧鍼灸専門学校に通い、健康器具販売会社を設立。1974年4月8日、駒澤大学理事長の栗田大俊に師事して出家得度。瑞応寺専門僧堂にて修行。1975年、遺産の土地に醤油樽、後にバスを改造した「報四恩精舎」を建てる。不登校や非行の青少年を受け入れ、1984年に財団法人喝破道場を設立。1993年、四恩の里設立、1994年、若竹学園を設立。