スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
木村 真三(きむら しんぞう、1967年7月12日 - )は… 木村 真三(きむら しんぞう、1967年7月12日 - )は、日本の放射線衛生学者。放射線医学総合研究所、労働安全衛生総合研究所をへて、獨協医科大学国際疫学研究室准教授。 2011年3月11日の福島第一原子力発電所事故後、3月15日に福島県に入って放射線量の測定を開始した。放射線医学総合研究所に勤めていた時代に東海村JCO臨界事故(1999年)が起きたが、当時は現場に入ることを官庁から止められた。そのため、福島第一原子力発電所事故では初動調査をするために辞表を提出して福島へ入った。 放射線測定の草分け的存在、岡野眞治と共に福島各地を周って放射線量を測定した。同時に採取した土壌サンプルを大学の原子力工学の専門家(今中哲二、小出裕章、高辻俊宏ら)に送り、放射性核種の分析を依頼。
芝 正(しば ただし、1962年7月29日 - )は、愛媛県… 芝 正(しば ただし、1962年7月29日 - )は、愛媛県北宇和郡広見町(現:鬼北町)出身の元プロ野球選手(投手)。 北宇和高から、1980年オフにドラフト外で日本ハムファイターズに入団。 二軍では1982年5月19日の西武戦にてノーヒットノーラン、1982・1983年にシーズン最多敗戦(14)などを記録している。 1986年に一軍初登板を果たすが、翌1987年限りで現役を引退。 投球フォームは185センチの長身を利かせて真っ向から投げ込み、ダイナミックで迫力充分だった。
甲岡 秀文(こうおか ひでふみ、1948年1月23日 - )… 甲岡 秀文(こうおか ひでふみ、1948年1月23日 - )は、日本の政治家。元・愛媛県北宇和郡鬼北町長(2期)。 愛媛県鬼北町出身。1963年3月広見町立泉中学校卒業、1966年3月愛媛県立北宇和高等学校普通科卒業、1970年3月愛知学院大学卒業。1970年4月森田特殊機工株式会社入社。1976年8月、愛媛県北宇和郡広見町役場に入庁。1989年6月自治大学卒業(自治研修)。1993年4月住民福祉課長兼社会福祉協議会事務局長、1996年7月企画調整課長、1998年10月総務課長および北宇和郡日吉村との合併幹事会委員、広見町選挙管理委員会書記長。2005年1月、鬼北町総務課長・選挙管理委員会書記長。
上甲 秀男(じょうこう ひでお、1947年11月20日 - … 上甲 秀男(じょうこう ひでお、1947年11月20日 - )は、愛媛県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。 北宇和高では、外野手の他、捕手もした。卒業後は電電四国に入社、1970年、都市対抗野球四国予選で、5試合に3ホーマーをマーク、そのうち1本は、松山球場のバック・スクリーンにライナーでとばした長打力の持ち主。自チームでの本戦出場はならなかったが、四国電力の補強選手として本大会に出場し2安打を放つ。同じチームに弘田澄男(四国銀行からの補強選手)がいた。 1970年のドラフト会議で阪神タイガースから7位指名され入団。 一軍公式戦に出場がないまま、1972年に現役を引退。
阪本壽明(さかもと としあき、1947年1月1日 - )は、… 阪本壽明(さかもと としあき、1947年1月1日 - )は、日本の政治家。元愛媛県北宇和郡松野町長。旭日双光章受章。 北宇和郡松野町生まれ。愛媛県立北宇和高等学校卒業。元松野町助役として柳野大和町長の下、町政の一翼を担った。平成の市町村合併の枠組みに関して、北宇和郡広見町・日吉村との合併協議会を離脱後、枠組みのあり方が最大の争点となった2004年の町長選挙に宇和島市中心の「大きな合併」を唱えたが、鬼北地域での「小さな合併」を唱えた岡武男に58票の小差で敗れた。 岡町長の任期満了に伴う2008年の町長選挙に再び出馬、元町幹部をはじめとした役場OB等の支援を受け、現職の岡を破り、初当選した。この選挙では、既に、鬼北町(広見町・日吉村の合併により成立)との「編入合併」の協議が合併の時期を詰めるまで進んでいたこともあり、阪本・岡両候補共に鬼北町との円滑な合併実現を公約とした。