スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
井出 留美(いで るみ、1967年 - )は、日本の食品ロス… 井出 留美(いで るみ、1967年 - )は、日本の食品ロスジャーナリスト。株式会社office 3.11代表。 東京都生まれ。母のカップケーキ作りの影響で5歳で食に目覚め、早い時期に食物栄養の分野に進学することを決める。 銀行員だった父の転勤に伴って全国各地で生活する中で、様々な方言を学んだ。福岡県立明善高等学校を経て、千葉県立薬園台高等学校を卒業。1989年、奈良女子大学家政学部食物学科卒業、ライオン株式会社家庭科学研究所勤務。1994年、青年海外協力隊隊員としてフィリピンに赴任し、現地の人とモロヘイヤの普及を試みる。1997年、日本ケロッグ株式会社広報室長。2006年、女子栄養大学大学院栄養学研究科栄養学専攻博士後期課程修了、博士(栄養学)の学位を取得。
孫 権培(ソン・グォンベ、朝鮮語: 손권배/孫權培、1916… 孫 権培(ソン・グォンベ、朝鮮語: 손권배/孫權培、1916年10月6日 - 1990年2月19日)は、大韓民国のジャーナリスト、実業家、政治家。第3代韓国国会議員。 本貫は密陽孫氏(朝鮮語版)。号は民斉(ミンジェ、朝鮮語: 민제/民齊)。 日本統治時代の全羅北道完州郡出身。久留米の明善中学校卒。1954年の第3代総選挙では自由党の候補として国会議員に当選し、裵恩希の一級参謀を務めたが、裵の失脚後は自由党を離党し民主党に移籍した。他には太白新聞主幹、三南日報社社長、大韓独立促成国民会全羅北道支部宣伝部長、独立闘争委員会全羅北道団団長、大韓青年団全羅北道団団長、国民会全羅北道支部委員長、自由党完州乙区党委員長・全羅北道党副委員長を歴任した。
菊竹 六鼓(きくたけ ろっこ、男性、1880年1月25日 -… 菊竹 六鼓(きくたけ ろっこ、男性、1880年1月25日 - 1937年7月21日)は、福岡県出身のジャーナリスト。五・一五事件に際し、福岡日日新聞の紙上で軍部批判・憲政擁護の論陣を張ったことで知られる。六鼓(六皷)は号で、本名は淳(すなお)。兄に政治家の菊竹博之がいる。 菊竹六鼓の論説は、昭和初期に軍が議会制民主主義をないがしろにした日本近代政治史の転換点において、一貫してメディアを通して戦う姿勢を見せたものであった。その代表は、大正期から護憲運動の擁護者で軍備縮小を進めた犬養首相を暗殺した五・一五事件についての論説であり、全国の大手新聞社が軒並み軍部支持の記事を掲げ、世論を軍国主義へ誘導し、あるいは軍国主義世論に迎合する中でのものであった。