スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
小西 誠志郎(こにし せいしろう、1998年12月21日 -… 小西 誠志郎(こにし せいしろう、1998年12月21日 - )は、福岡県出身の日本の柔道家。階級は60 kg級。身長163 cm。組み手は右組み。得意技は一本背負投。 6歳の時に柔道を始め、曽根中学3年の時に全国中学校柔道大会の66 kg級で2位となった。 大牟田高校では、1年時は全国高校選手権60 kg級の2回戦で、2年時にはインターハイの2回戦で敗れた。3年時のインターハイでは5位となった。 2017年に国士舘大学へ進学すると、1年時の学生体重別選手権の準決勝で同大4年である宮之原誠也に技ありで敗れるも3位、体重別団体大会では2位となった。2年の時には全日本ジュニアの決勝で日体大2年の古賀玄暉と対戦し、技ありを先取するも小外掛で逆転負けを喫した。
友清 光(ともきよ ひかる、1998年11月25日 - )は… 友清 光(ともきよ ひかる、1998年11月25日 - )は、福岡県出身の、日本の柔道家。階級は81kg級。身長172cm。血液型はB型。組み手は右組み。得意技は大外刈、背負投。 柔道は3歳の時に豊友館道場で始めた。曽根中学から大牟田高校へ進むと、2年の時にインターハイ73kg級に出場するも初戦で敗れた。3年の時には金鷲旗で3位に入るも、インターハイ81kg級では初戦で敗れた。2017年には国士舘大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで優勝するも、世界ジュニアでは2回戦で敗れた。2年の時には学生体重別で優勝するも、体重別団体では審判による誤審などもあって3位にとどまった。2019年のヨーロッパオープン・オディヴェーラスではシニアの国際大会初優勝を飾った。
宮之原 誠也(みやのはら せいや、1995年12月11日 -… 宮之原 誠也(みやのはら せいや、1995年12月11日 - )は、日本の柔道家。福岡県出身。階級は60kg級。身長163cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は背負投。 柔道は7歳の時に香月道場で始めた。香月中学3年の時に全国中学校柔道大会55kg級に出場するが3回戦で敗れた。大牟田高校へ進むと、1年と2年の時には全国高校選手権60kg級の3回戦で敗れた。3年の時にはインターハイで決勝まで進むが、柳ヶ浦高校3年の小倉拓実に敗れて2位に終わった。2014年には国士舘大学へ進むと、3年の時に学生体重別で3位に入った。4年の時には学生体重別の決勝で筑波大学3年の大島拓海を縦四方固で破って優勝した。
佐藤 正大(さとう せいだい、1994年4月4日 - )は、… 佐藤 正大(さとう せいだい、1994年4月4日 - )は、福岡県中間市出身の日本の柔道家である。階級は81kg級。身長180 cm。血液型A型。段位は五段。組み手は右組み。得意技は背負投。姉は78kg級で活躍している佐藤瑠香。 柔道は3歳の時に柔道を始めた。小学校6年の時には全国小学生学年別柔道大会45kg級で優勝を飾った。中間南中学から大牟田高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権81kg級で決勝まで進むが、東海大相模高校2年の小原拳哉に判定で敗れた。3年の時には金鷲旗で3位になった。インターハイでは準決勝で小原に技ありで敗れて3位にとどまった。 2013年に国士舘大学へ進むと、2年の時には全日本ジュニアで優勝を飾った。
立山 広喜(たちやま ひろき、1985年11月24日 - )… 立山 広喜(たちやま ひろき、1985年11月24日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長195 cm、体重145 kg。 熊本県玉名郡南関町出身。南関中1年の時に地元の温泉で偶然、大牟田高・柔道部の監督と出会い、「週末にうちの練習にきてみないか」と誘われた事により、本格的に柔道を始めた。 大牟田高校では同級生の187cmある高橋和彦とともにその身長の高さからツインタワーと呼ばれ活躍する。因みに高橋と共に相撲部屋から力士にならないかとの誘いを蹴っての同校入学だった。ただし、高校3年になる直前の高校選手権の準決勝では、自分よりはるかに小柄な66kg級の秋本啓之に翻弄されて敗れ、3位に終った。
高橋 和彦(たかはし かずひこ、1985年4月3日 - )は… 高橋 和彦(たかはし かずひこ、1985年4月3日 - )は、熊本県出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg超級。身長189 cm、体重130kg。得意技は大外刈、払腰。現在は日本製鉄に所属。 熊本県阿蘇市出身。小学校1年から柔道と相撲を始め、4年時には相撲で全国大会2位になった事もある。 阿蘇市立一の宮中学校進学と同時に柔道に専念、3年時には九州ブロック代表としてシドニー五輪の柔道競技見学派遣に選ばれるなど、早くから注目を集めていた。 進学した大牟田高校では同級生の193cmある立山広喜とともにその身長の高さからツインタワーと呼ばれ活躍する。高校3年の時にはインターハイで2位、ジュニアの体重別でも3位となる。
吉永 慎也(よしなが しんや、1983年2月8日 - )は福… 吉永 慎也(よしなが しんや、1983年2月8日 - )は福岡県出身の日本の柔道家。81kg級の選手。身長は170cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は7歳の時に修志館で始めた。甘木中学から大牟田高校へ進むと、3年の時に金鷲旗とインターハイ団体戦で3位になった。 2001年には国士舘大学へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアの81kg級で3位になった。3年の時には学生体重別で3位だったが、優勝大会ではチームの優勝に貢献した。4年の時には優勝大会と体重別団体でともに2位だった。学生体重別でも決勝で同じ大学の1年後輩である有留秀宜に敗れた。 2005年には新日鉄の所属となると、実業個人選手権では決勝で松前柔道クラブの谷口徹を破って優勝した。
塘内 将彦(ともうち まさひこ、1977年7月13日 - )… 塘内 将彦(ともうち まさひこ、1977年7月13日 - )は、日本の元柔道選手。階級は81kg級。福岡県大牟田市出身。大牟田高等学校、国士舘大学卒業。旭化成柔道部に所属していた。身長175 cm。大舞台にめっぽう弱く、オリンピック及び世界選手権で計4度も代表に選出されながら際立った成績を残していない。 1999年には体重別の初戦で敗れるが、嘉納杯、フランス国際などで優勝した実績が評価されて世界選手権代表に選ばれたものの、初戦で敗れた。 2004年4月には、体重別男子81kg級の準決勝で秋山成勲に優勢勝ち、決勝では瀧本誠に袖釣り込み腰で一本勝ちしてアテネオリンピック代表を掴むが初戦で敗れ、敗者復活戦でも初戦で敗れた。
高森 啓吾(たかもり けいご、1976年4月3日 -)は福岡… 高森 啓吾(たかもり けいご、1976年4月3日 -)は福岡県大牟田市出身の日本の柔道家、総合格闘家。現役時代は95kg超級及び100kg超級の選手。身長180cm。体重120kg。 柔道は幼稚園の時に始めた。歴木中学2年の時には全国中学校柔道大会の団体戦で3位に入った。3年の時には全国中学校柔道大会の78kg超級で決勝まで進むが、国士舘中学3年の小塚義隆に1-2の微妙な判定で敗れた。マルちゃん杯の個人戦では優勝した。なお、この時期には大宮中学1年の井上康生に勝ったこともあるが、その際に井上が父親に正座をさせられて厳しく叱責されていたのを見て、「(2歳年上で全国2位である)俺に負けたんだからしょうがねぇじゃないかよ、そんな怒んなよ」と思ったという。
原田 堅一(はらだ けんいち、1970年8月16日 -)は、… 原田 堅一(はらだ けんいち、1970年8月16日 -)は、福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は60kg級の選手。身長162cm。 柔道は中島小学校1年の時に中島柔道クラブで始めた。小学生時代はほとんどの大会で優勝しており、同郷の同級生で後に世界チャンピオンとなった中村佳央や秀島大介にも勝っていたほどだった。大和中学から大牟田高校へ進むと、3年の時にはインターハイの軽量級と新人体重別60kg級で5位になった。鹿屋体育大学に進むと、1年の時には正力杯で優勝を飾った。3年の時には正力杯で2年ぶりの優勝を果たした。4年の時には3位だった。1993年には鹿屋体育大学の大学院へ進むと、講道館杯では日体大4年の木村勝範を破って優勝を飾った。
杉野 健次郎(すぎの けんじろう、1968年11月2日 - … 杉野 健次郎(すぎの けんじろう、1968年11月2日 - )は、福岡県出身の日本の柔道選手である。階級は71kg級。身長172cm。 大牟田高校3年の時にインターハイ中量級で優勝を飾った。国士舘大学へ進学すると、3年の時には正力杯71kg級決勝で筑波大学4年の酒井英幸に敗れた。正力国際では3位だった。4年の時には正力国際の決勝で国際武道大学3年の高越永吉を横四方固で破って優勝した。1991年には国士舘大学の研究生となった。引退後は大牟田高校の柔道部監督に就任した。 (出典、JudoInside.com)。
西田 孝宏(にしだ たかひろ、1957年4月14日 - )は… 西田 孝宏(にしだ たかひろ、1957年4月14日 - )は、日本の柔道家(講道館8段)。 現役時代は軽中量級の選手として全日本選抜体重別選手権大会で4回優勝、講道館杯で5回優勝等の実績を残し、アジア選手権大会でも金メダルを獲得した。現在は全日本柔道連盟にて強化委員会や審判委員会の特別委員、山梨学院大学柔道部総監督を務める。 また、長女の優香は2010年の世界選手権大会で優勝し、長男の泰悟も全日本選抜体重別選手権大会や講道館杯へ出場・活躍した経歴を持つなど、柔道一家でもある。 福岡県大牟田市の出身。小学校2年生の時に周囲の友人が漫画『暗闇五段』の影響で市内にある角道場に通い始めた事が羨ましく、自ずと興味が湧いて父親に入門を乞うたのが斯道に入るきかっけとなった。