スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
牧瀬 圭斗(まきせ けいと、1999年12月29日 - )は… 牧瀬 圭斗(まきせ けいと、1999年12月29日 - )は、日本の陸上競技選手。佐賀県伊万里市出身。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校、順天堂大学出身。 中学時代まではバスケットボールをしており、白石高校に入ってから陸上を始めた。高校時代は同校OBである松瀬元太の指導を受けるが全国高校駅伝への出場は叶わなかった。大学は順天堂大学に進学するも「力の劣る世代」と言われ続け、箱根駅伝への出場を果たしたのも主将となった4年時が最初で最後だったが、山下りの6区で区間賞を獲得しチームの準優勝に貢献した。 卒業後は実業団のトヨタ自動車九州に進んだ。第1回奥球磨駅伝2区、2022年九州実業団毎日駅伝3区では区間賞を獲得している。
松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、… 松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校-順天堂大学。大学卒業後は出身地の佐賀県で母校白石高校の教師をしている。2007年の箱根駅伝第83回大会10区で区間新記録を樹立、この記録は2020年に嶋津雄大(創価大学)が更新するまで破られなかった。2007年の九州一周駅伝に佐賀県代表として出場した。
田上 貴之(たがみ たかゆき、1984年5月29日 - )は… 田上 貴之(たがみ たかゆき、1984年5月29日 - )は、日本の元陸上競技選手。佐賀県武雄市出身。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校、城西大学出身。 高校時代は高井和治、松瀬元太らと同級生で、3年時の全国高校駅伝では最終7区で区間賞の走りを見せ佐賀県勢最高の成績となる準優勝に貢献した。大学は平塚潤を監督に迎え創部3年目となる城西大学に進学。同大のエースとして箱根駅伝、全日本大学駅伝の初出場時は共にメンバー入りした。なお箱根駅伝には1年時から4年連続で出場している。2005年にはユニバーシアード大会の代表選考会である日本学生ハーフマラソンで優勝。出場したユニバーシアード・イズミル大会のハーフマラソンで銀メダルを獲得した。
高井 和治(たかい かずはる、1984年5月10日 - )は… 高井 和治(たかい かずはる、1984年5月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。佐賀県鹿島市出身。佐賀県立白石高等学校、駒澤大学卒業。現役時代は九電工に所属していた。 同級生には箱根駅伝10区区間記録保持者の松瀬元太(順天堂大学卒)、2005年ユニバーシアードハーフマラソン銀メダルの田上貴之(城西大学卒)がいる。また在学時期は重なっていないが、九電工のチームメイト前田和浩は3学年上の先輩である。 2002年のインターハイ1500mで5位入賞。同年の第53回全国高校駅伝では4区に出走し、13年ぶりに区間記録を塗り替える力走(記録:22分53秒)。3区を担当した松瀬、7区で区間賞を獲得した田上らとともに白石高校史上最高成績である準優勝に貢献した。
藤山 哲隆(ふじやま のりたか、1983年11月25日 - … 藤山 哲隆(ふじやま のりたか、1983年11月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。佐賀県出身。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校、駒澤大学出身。 佐賀県陸上界の名門である白石高校から駒澤大学へ進む。箱根駅伝では優勝した81回大会の6区に出走し区間5位。翌82回大会は1区で区間2位。卒業後は実業団のコマツ電子金属(後、SUMCO TECHXIV)に進み、ニューイヤー駅伝や朝日駅伝などに出場したが陸上部が廃部となり、住友電工に移籍した。住友電工時代の主な実績に、第68回びわ湖毎日マラソンで日本人選手8位入賞。大阪ハーフマラソン2位など。2015年から同部で長距離コーチを務めている。 弟に自身と同じく白石高校-駒澤大学と進んだ陸上競技選手の藤山修一が居る。
前田 和浩(まえだ かずひろ、1981年4月19日 - )は… 前田 和浩(まえだ かずひろ、1981年4月19日 - )は、日本の陸上競技元選手、現指導者。専門は長距離走・マラソン。 2006年ドーハアジア競技大会男子5000m・4位、世界陸上大阪大会男子10000mおよび世界陸上ベルリン大会・世界陸上モスクワ大会・世界陸上北京大会各男子マラソン日本代表など。身長166cm、体重54kg。 佐賀県杵島郡白石町出身。白石町立白石中学校を経て佐賀県立白石高等学校卒業後は大学へ進学せず、地元九州の実業団チーム・九電工(福岡県福岡市)に就職し、同社陸上競技部に所属。 高校時代から各種大会に出場経験を持っている選手で、九州では名の知られた選手であった。トラック種目を中心に競技活動を続け、2000年10月に世界ジュニア陸上競技選手権大会へ日本代表選手として出場した経歴を持っている。
大串 啓二(おおぐし けいじ、1934年4月3日 - 202… 大串 啓二(おおぐし けいじ、1934年4月3日 - 2020年3月17日)は、日本の元陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は短距離、ハードル。 佐賀県杵島郡六角村東郷(現在の白石町東郷)出身。 佐賀県立佐賀農業高等学校を卒業後、佐賀県立白石高等学校の定時制に1年通学して東京教育大学へ進学。 東京教育大学時代は第10回国民体育大会(1955年、神奈川県)で男子400mハードルで優勝したのを始め、400m走とハードルの二刀流で活躍、大学時代には1956年メルボルンオリンピックに出場。そのメルボルンオリンピックでは男子400mハードルに出場、53秒22【電気計時】の日本学生記録(当時)を樹立した。 1957年の世界大学スポーツ選手権(フランス・パリ)陸上競技の男子400mハードルで銅メダル(3位)を獲得している。