スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
坂本 勇人(さかもと はやと、2002年4月15日 - )は… 坂本 勇人(さかもと はやと、2002年4月15日 - )は、佐賀県唐津市浜玉町出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 唐津市立浜崎小学校1年生のときに野球を始める。3年生から「はまゆう少年野球クラブ」に入り、本格的に野球に取り組むようになった。この頃から捕手のポジションを務めた。唐津市立浜玉中学校の軟式野球部では投手と捕手を兼務。中体連唐津地区大会の決勝、肥前中学校との試合で完全試合を達成する。全国中学校軟式野球大会の県大会で優勝を果たしたことで、プロ野球選手を意識するようになる。 県外の高校からのスカウトもあったが、「地元から甲子園に行きたい」という思いのもと、佐賀県立唐津商業高等学校へ進学。
北方 悠誠(きたがた ゆうじょう、1994年1月25日 - … 北方 悠誠(きたがた ゆうじょう、1994年1月25日 - )は、佐賀県唐津市出身の元プロ野球選手(投手)。 友人の誘いで、小学2年時から遊撃手として軟式野球を始めた。唐津市立湊中学校時代には、軟式野球部で遊撃手と投手を務めた。 佐賀県立唐津商業高等学校への進学後は、1年時夏からのベンチ入りを経て、2年時の春からエースの座を確保。夏の選手権佐賀大会では初戦で敗れたが、秋の佐賀県大会では、全5試合で完投勝利を挙げてチームを優勝に導いた。3年夏の第93回全国高等学校野球選手権大会では、佐賀大会で通算57イニング(888球)を投げ抜いた末に優勝。準々決勝では、延長15回を完投したばかりか、引き分けで迎えた翌日の再試合も完投した。
福本 温子(ふくもと あつみ、1988年7月24日 - )は… 福本 温子(ふくもと あつみ、1988年7月24日 - )は、佐賀県出身の女性ボート競技選手(ローイング競技選手)。2012年ロンドンオリンピックボート女子軽量級ダブルスカル日本代表。佐賀県立唐津商業高等学校卒業。 唐津市出身。小学校から高校1年生まではバレーボールをしており、2年時にボートに転向した。早くも高校3年のインターハイで優勝を果たし、卒業後は明治安田生命保険相互会社に所属。2010年、U23 世界ボート選手権で日本女子初の銀メダルを獲得。同年広州アジア大会の女子軽量級ダブルスカルで岩本亜希子とのペアで銀メダル。2012年のロンドンオリンピックは同じく岩本亜希子とのペアで出場した女子軽量級ダブルスカルで12位となった。
藤井 将雄(ふじい まさお、本名:藤井 政夫〈読み同じ〉、1… 藤井 将雄(ふじい まさお、本名:藤井 政夫〈読み同じ〉、1968年10月16日 - 2000年10月13日)は、佐賀県唐津市出身のプロ野球選手(投手)。「将雄」は登録名にあたる。 炎の中継ぎと称された。 1968年に福岡市西区に生まれるが、1979年に父母の別居で姉・妹と共に母の出身地である佐賀県唐津市へ転居。母は呼子町の朝市で働き、将雄をはじめ3人の子を女手一つで育てた。なお、藤井の父は別居状態のまま1985年に急病で死去している。市立湊中学校から佐賀県立唐津商業高等学校へ進学。2年生時にエースとして1985年夏の甲子園県予選決勝に進むが、佐賀商に大敗を喫する。その後も甲子園には届かなかった。
荒木 正(あらき ただし、1921年8月27日 -没年不明 … 荒木 正(あらき ただし、1921年8月27日 -没年不明 )は、佐賀県出身のプロ野球選手。 唐津商業学校から門司鉄道管理局を経て、1941年に南海軍へ入団。1944年に退団。