スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
田中 光吉(たなか こうきち、男性、1974年(昭和49年)… 田中 光吉(たなか こうきち、男性、1974年(昭和49年)6月18日 - )は、日本の元プロボクサー。元日本ライト級1位。現在は飲食店経営。 東京で生まれ、小学校3年生まで埼玉県三郷市で過ごす。両親の別居を機に母親の郷里である熊本県球磨郡錦町に移り少年時代を過ごす。中学では野球部に入り、キャプテンで四番を務める。 高校進学の際、福岡県の強豪校から野球推薦の声もかかったが野球肘、野球肩で故障を抱えたまま野球だけのために進学することに不安もあり、地元の熊本県立球磨工業高等学校に進学し、野球を続ける。甲子園大会出場を目指して野球に打ち込んでいたが2年生の2月に野球部のレギュラー9人中7人が不祥事を起こし、退部。
ショーン K(1968年3月21日 - )若しくは、ショーン… ショーン K(1968年3月21日 - )若しくは、ショーン・マクアードル川上(Sean McArdle Kawakami)は、ラジオパーソナリティー、元ナレーター、元タレント。本名は川上 伸一郎。2024年4月現在、サンディ所属のまま、都内の不動産管理会社顧問を兼任。 本人のオフィシャルサイトによれば、「ニューヨーク市でアイルランド系アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、11歳の時に日本に渡り、高校卒業まで日本で過ごした」とされる。また、2009年5月に放送されたテレビ番組では「父がアメリカと日本の半分、母が日本と台湾の半分」と出自を語った。2007年には「私は、小学校5年生の時にアメリカから日本に来て、それから日本語を必死で覚えました」とインタビューで述べている。
井上清登(いのうえ きよと、1957年12月10日 - )は… 井上清登(いのうえ きよと、1957年12月10日 - )は、日本のカヌー選手。熊本県出身。熊本県立球磨工業高等学校卒業。 高校卒業後、マルニ木工(現・マルニ)に入社。1984年、ロサンゼルスオリンピック日本代表に選出される。順調に予選を突破し、準決勝に駒を進めた。1984年8月8日、カナディアンシングル500mの準決勝第2組で、ルーマニアのオラルに次ぐ2位に滑り込み、カヌーの日本勢として史上初めて決勝に進出するという快挙を成し遂げた。決勝では6位に入り入賞を果たした。カナディアンシングル1000mでも決勝に進出し8位となった。 4年後のソウルオリンピックにも出場し、男子カナディアン・ペア500mに内野経久と組んで出場したが準決勝敗退に終わった。
恒村 勝美(つねむら かつみ、1955年1月3日 - )は、… 恒村 勝美(つねむら かつみ、1955年1月3日 - )は、熊本県出身の元プロ野球投手。左投左打。 熊本県立球磨工業高等学校では、荒けずりだが、一試合平均2ケタの三振を奪う速球投手。ストレートとシュートが武器。 1972年に読売ジャイアンツからドラフト6位指名され入団。 1975年に一軍公式戦に出場する事がないまま引退。