高田 栞里(たかた しおり、2002年9月26日 - )は、… 高田 栞里(たかた しおり、2002年9月26日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。Wリーグのアイシン ウィングス所属。 小林高校でインターハイ・ウインターカップベスト8。 白鷗大ではインカレ優勝を経験。 2021年、山梨クィーンビーズにアーリーエントリーを経て加入。 2026年、アイシン ウィングスへ移籍。
宮崎県立小林高等学校:13人
高田 栞里(たかた しおり、2002年9月26日 - )は、… 高田 栞里(たかた しおり、2002年9月26日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。Wリーグのアイシン ウィングス所属。 小林高校でインターハイ・ウインターカップベスト8。 白鷗大ではインカレ優勝を経験。 2021年、山梨クィーンビーズにアーリーエントリーを経て加入。 2026年、アイシン ウィングスへ移籍。
大森 尊之(おおもり たかゆき、2002年8月14日 - )… 大森 尊之(おおもり たかゆき、2002年8月14日 - )は日本のバスケットボール選手である。 宮崎県出身。日本体育大学卒業。ポジションはガード。B3リーグ・金沢武士団に所属。 宮崎県立小林高等学校から日本体育大学へ進学。バスケットボール部に所属し、ずば抜けた得点力で第72回および第73回関東大学バスケットボール選手権大会・第100回関東大学バスケットボールリーグ戦優勝へ貢献する。在学中の2024年12月26日、神奈川大学の保坂晃毅と共に熊本ヴォルターズと特別指定選手契約を締結するが、スターター起用を含めレギュラーシーズン33回・プレーオフ2回の出場を得た保坂に対して僅か7回(平均2分32秒)の起用にとどまり、プレーオフへの出場もなかった。
飯隈 愛理(いいぐま あいり、1999年9月7日 - )は、… 飯隈 愛理(いいぐま あいり、1999年9月7日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。Wリーグの新潟アルビレックスBBラビッツ所属。 鹿児島県鹿屋市出身。 小林高校、鹿屋体育大で全国大会を経験。 2022年、新潟アルビレックスBBラビッツにアーリーエントリーを経て加入。
村上 慎也(むらかみ しんや、1991年3月5日 - )は、… 村上 慎也(むらかみ しんや、1991年3月5日 - )は、バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。パスラボ山形ワイヴァンズ所属。 小林高校を卒業後の2009年4月、九州共立大学に進学。2010年全九州大学春季バスケットボール選手権でアシスト王を獲得。2013年7月、浜松・東三河フェニックスに入団。2014年8月、福島ファイヤーボンズに移籍。2023年6月、パスラボ山形ワイヴァンズに移籍。
野元 勇志(のもと たけし、1989年8月20日 - )は、… 野元 勇志(のもと たけし、1989年8月20日 - )は、日本のバスケットボール選手である。2014年に行われた3人制バスケットボール「3x3」世界大会に、日本代表として出場した。愛称はTA-BO(ターボ)。 宮崎県出身。小林高校を卒業した後、勧誘を受けていた大東文化大学に入学。しかし、学業が疎かになり留年したため、部活動の規定によって試合に出られなくなってしまう。退部した後は一時競技から離れるが、大学の先輩でありストリートボールの選手となっていた眞庭城聖に誘われ、ストリートボールチームの「UNDERDOG」に加わった。 2014年4月には3x3の日本代表候補に選出され、選考の末5月に日本代表の座をつかんだ。
前村 雄大(まえむら ゆうだい、1987年7月6日 - )は… 前村 雄大(まえむら ゆうだい、1987年7月6日 - )は、日本の男子元プロバスケットボール選手である。宮崎県出身。ポジションはガード。身長176cm、体重73kg。2019年 Bリーグバレンタイン企画の B.LEAGUEモテ男No.1決定戦でB2で優勝をした。 2023-24シーズンよりファイティングイーグルス名古屋のアシスタントコーチを務める。 宮崎県立小林高等学校から東海大学に進み、4年次にはインカレ4位でベスト5を受賞。 卒業後の2010年、豊田通商に入社、バスケットボール部に所属。 2013年、熊本ヴォルターズに移籍。2014-15シーズンは31試合に出場。 2015年、リンク栃木ブレックスに移籍。
小林 慎太郎(こばやし しんたろう、1985年〈昭和60年〉… 小林 慎太郎(こばやし しんたろう、1985年〈昭和60年〉6月29日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。熊本県熊本市出身。現役時代のポジションはシューティングガード。 小林高校から東海大学に進む。一年生からスタメンになり、活躍した。インカレ2連覇を経験する。 卒業後の2008年、パナソニックに入社、バスケットボール部に所属。 2013年のパナソニック休部後は自由契約となった後、地元で新たに立ち上がる熊本ヴォルターズに移籍。 2021年8月16日、2020-21シーズン限りでの現役引退を発表。10月10日に引退セレモニーが開催され、熊本ヴォルターズより背番号7を永久欠番とすることが発表された。
新原 茜(にいはら あかね、1984年4月13日 - )は、… 新原 茜(にいはら あかね、1984年4月13日 - )は、宮崎県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「アカネ」。ポジションはガード。 小学校でミニバスケを始め、小林中学校から小林高校を経て、ジャパンエナジーに入社。 ルーキーシーズンよりシックスウーマンとしてチームを支えている。 田中利佳の引退後、新主将に就任。
瀬戸山 京介(せとやま きょうすけ、1982年7月16日 -… 瀬戸山 京介(せとやま きょうすけ、1982年7月16日 - )は、宮崎県日南市出身のバスケットボール選手である。2005年にアイシンシーホースに入部、2009年にはbjリーグの京都ハンナリーズと契約してプロ選手になり、2016年に引退した。 現役最後のシーズンとなった2015-16シーズン時点での身長187cm、体重76kgで、ポジションはガード、フォワードだった。 吾田中学校から小林高校に進学。1学年上には清水太志郎がいた。3年次に主将として挑んだインターハイ決勝で長澤晃一、新井靖明、山田謙治擁する能代工業に、ウィンターカップで志村雄彦、佐藤濯、宍戸治一擁する仙台高校と対戦したが、共に準優勝で終わった。
清水 太志郎(しみず たいしろう、1981年8月6日 - )… 清水 太志郎(しみず たいしろう、1981年8月6日 - )は、宮崎県日南市出身の元男子プロバスケットボール選手、現バスケットボール指導者である。現役時代のポジションはポイントガード、シューティングガード。 8歳でバスケットボールを始める。 日南市立吾田中学校から宮崎県立小林高等学校に進学し、3年生時の1999年、全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)でベスト8、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウインターカップ)では準優勝。 2000年、筑波大学に進学。2004年、日本リーグの大塚商会アルファーズに入団。 2005年、bjリーグ発足に当たりトライアウトに参加。
北郷 謙二郎(ほんごう けんじろう、1980年7月3日 - … 北郷 謙二郎(ほんごう けんじろう、1980年7月3日 - )は、宮崎県出身のバスケットボール選手。ポジションはG。身長183cm、体重75Kg。田臥世代の一人。 父は元延岡学園高等学校監督でbjリーグ・宮崎シャイニングサンズHCも務めた北郷純一郎。兄・慎太郎も三井住友銀行のバスケットボール選手である。 小林高校ではインターハイベスト8・ウィンターカップベスト4を経験。年代別全日本にも選ばれる。 1999年、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校に渡米。NCAA2部で活躍。 卒業後に帰国し、オーエスジーに入社。2005-06シーズンにはスーパーリーグ準優勝に貢献。 2006年世界選手権では日本代表候補に選ばれるも本大会からは漏れた。
楠田 香穂里(くすだ かおり、1974年5月29日 - )は… 楠田 香穂里(くすだ かおり、1974年5月29日 - )は、宮崎県出身の元女子バスケットボール選手・指導者である。旧姓川上。ニックネームは「サン」。ポジションはポイントガード。 唐瀬原中でバスケを始め、小林高校を経てジャパンエナジーに入社。 チームの主力として長き渡り活躍し、JOMO黄金時代に多大に貢献。 また、全日本のメンバーにも選ばれ1998年、2002年の世界選手権など国際大会にも出場。1998年アジア大会では金メダルを獲得した。 2003年5月に結婚。 2004年にはアテネ五輪に唯一の既婚者として選ばれる。この時点で一度引退を撤回し、同大会を最後に現役引退。 2010年共栄大学女子バスケットボール部監督に就任。
竹山 とよ子(たけやま とよこ、1961年12月19日 - … 竹山 とよ子(たけやま とよこ、1961年12月19日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。現姓永田(ながた)。宮崎県出身。 宮崎県立小林高等学校では2年次の選抜大会、3年次のインターハイ・国体いずれも初優勝。 卒業後は共同石油に所属し、日本リーグルーキ・オブ・ザ・イヤーを獲得。1981-82シーズンにはMVPも獲得。 全日本にも選ばれ、オリンピック・世界選手権はかなわなかったものの1986年アジア競技大会に出場。 引退後は母校である小林高校でアシスタントコーチを務める。 日本人初のWNBAプレイヤーである萩原美樹子が憧れの選手として挙げていたことで知られる。