スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
興梠 亮(こうろぎ りょう、1983年8月14日 - )は、… 興梠 亮(こうろぎ りょう、1983年8月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 宮崎県西臼杵郡高千穂町出身。中1の頃、家族の影響を受けてバレーボールを始める。 宮崎県立高千穂高等学校、愛知学院大学を経て、2006年、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部)に所属していたジェイテクトSTINGSに入団。 2014年にチームがV・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部)に昇格。 2018-19シーズン、2019年1月13日の豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)戦でVリーグ通算230試合出場達成となったため、Vリーグ栄誉賞を受賞した。 2019-20シーズンになると、後輩の本間隆太のリベロとしての出場機会が増え、興梠の出場機会が少なくなる。
興梠 龍司(こうろぎ りゅうじ、1980年8月20日 - )… 興梠 龍司(こうろぎ りゅうじ、1980年8月20日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 宮崎県西臼杵郡高千穂町出身。高千穂高校を経て、福岡大学を卒業。2006年にVプレミアリーグの大分三好ヴァイセアドラーに加入した。大分三好のリベロだった井上裕介が堺ブレイザーズへ移籍した2008年からレギュラーのリベロになった。チームでは副キャプテンを務めた。2012年シーズンから現役を引退し、大分三好のコーチ専任となった。2014年、2013/14シーズン終了をもってコーチを退任した。 2024年現在は都城高等学校で教員として勤務し、女子バレーボール部顧問を務める。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
佐藤 博光(さとう ひろみつ、1973年 - )は、日本の警… 佐藤 博光(さとう ひろみつ、1973年 - )は、日本の警察官(大阪府警察)、剣道家。剣道教士八段、元剣道日本代表。 高千穂高校から大阪体育大学に進学。大学卒業後、大阪府警察に奉職。 主な実績には全日本剣道選手権3位2回、第12回世界剣道選手権個人優勝、世界選手権主将、全国警察大会個人優勝・団体優勝などがある。
甲斐 宗之(かい むねゆき、1971年3月12日 - )は、… 甲斐 宗之(かい むねゆき、1971年3月12日 - )は、日本の政治家。宮崎県高千穂町長(2期)。 宮崎県高千穂町岩戸に生まれる。親は農業を営んでいた。幼少期から姉弟4人で養蚕室、牛小屋、野菜畑、養鶏、椎茸栽培場などで農作業の手伝いをしていた。宮崎県立高千穂高等学校卒業。 熊本大学工学部機械工学科を5年かけて卒業。卒業後は自動車関連の企業に就職。1998年(平成10年)、帰郷し高千穂町役場に入庁。総合政策室長などを歴任。 2018年(平成30年)12月23日に行われた高千穂町長選挙に立候補。2014年の町長選に続いて2度目の挑戦となる元宮崎県病院局長の甲斐景早文を、激戦の末破り初当選を果たした。
吉本 政美(よしもと まさみ、1948年 - 1999年3月… 吉本 政美(よしもと まさみ、1948年 - 1999年3月30日)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町出身の剣道家(教士八段)。高校剣道界屈指の名監督。 1948年(昭和23年)、宮崎県西臼杵郡高千穂町に生まれる。宮崎県立高千穂高等学校から中京大学へと進学。1971年(昭和46年)に同大学を卒業し、母校高千穂高校に赴任。同時に剣道部監督となる。当時の高千穂高校剣道部は男女ともに県内でも下位に低迷していたが、監督歴三年目の1974年(昭和49年)に男女ともに県優勝するまでになる。 1978年(昭和53年)にはインターハイで男子は三位、女子はベスト8、同年の玉竜旗では男子が二位、女子が三位に入賞。これ以降、高千穂高校剣道部は全国上位常連校の一角を占める。
内倉 信吾(うちくら しんご、1944年5月5日 - )は、… 内倉 信吾(うちくら しんご、1944年5月5日 - )は、日本の政治家。宮崎県高千穂町長(3期)。 宮崎県西臼杵郡高千穂町生まれ。宮崎県立高千穂高等学校卒業。1962年高千穂町役場に奉職、税務課長・財政課長・収入役などを歴任。 2007年1月、特別職報酬の引き下げ、農林業の振興、少子化対策として産科通院費の助成などを公約に掲げ、町長に初当選。 2020年、旭日双光章受章。
山本 剛嗣(やまもと たけじ、1944年1月6日 - )は、… 山本 剛嗣(やまもと たけじ、1944年1月6日 - )は、日本の弁護士。東京弁護士会会長や、日本弁護士連合会副会長、最高裁判所司法研修所教官、法務省司法試験考査委員、国家公安委員等を歴任した。旭日中綬章受章。 東京都練馬区出身。高千穂高等学校を経て、1968年中央大学第二法学部(夜間部)卒業。1969年旧司法試験合格。1972年弁護士登録。1993年最高裁判所司法研修所民事弁護教官。1999年法務省司法試験考査委員(刑法)。2001年法律扶助協会東京都支部支部長。2008年から東京弁護士会会長及び日本弁護士連合会副会長を務め、法曹人口の適正規模の検討を進めるなどした。2010年国家公安委員。2010年6月高千穂学園理事就任。
桑原 節次(くわはら せつじ、1872年10月26日 - 1… 桑原 節次(くわはら せつじ、1872年10月26日 - 1954年2月26日)は、日本の地方公務員、作詞家、郷土史家。現在の宮崎県出身。 明治5年9月24日(西暦1872年10月26日)、美々津県那珂郡広瀬村(現在の宮崎市佐土原町)で佐土原藩士族の家に生まれる。東京の共立学校を卒業した後、宮崎へ帰郷し尋常小学校校長を経て宮崎県庁に入庁、西臼杵郡、児湯郡、南那珂郡、北諸県郡の郡長を務める。西臼杵郡長在職時には県立高千穂実業学校の校長を兼務し、同校の後身に当たる宮崎県立高千穂高等学校へ引き継がれた校歌(作曲:陸軍戸山学校)を作詞している。定年退職後は日本赤十字社宮崎県支部主事を経て、日本生命保険宮崎支社に勤めながら財団法人旧佐土原藩教育会の会長の職に在った。