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今村 保忠(いまむら やすただ、1959年 - )は、日本の… 今村 保忠(いまむら やすただ、1959年 - )は、日本の生化学者、工学院大学教授、学長、学校法人工学院大学理事長。 おもな研究テーマは、コラーゲンを基質とする細胞培養などの生化学研究。 鹿児島県生まれ。同県肝属郡東串良町川東の役所地区出身。1978年鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。 1983年に東京大学教養学部基礎科学科を卒業して大学院に進み、1985年に東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻修士課程を修了、1987年11月に博士課程を中途退学して、東京大学教養学部化学教室の助手となった。 1989年9月、「筋小胞体Ca[2+]輸送ATPaseにおけるエネルギー共役機構の研究」により、東京大学から理学博士を取得した。
上甫木昭春(かみほぎ あきはる、1954年 - )は、日本の… 上甫木昭春(かみほぎ あきはる、1954年 - )は、日本の造園学者。大阪府立大学大学院生命環境科学研究科教授。学術博士。専門分野は、緑地計画および地域生態学。大阪府、兵庫県、神戸市、豊中市、吹田市、大阪狭山市などにおいて、土地利用審査会、河川審議会、都市計画審議会、環境審議会、文化財審議会などの委員を務める。社会的活動は「大阪湾見守りネット」や「阪神・都市ビオトープフォーラム」など。 鹿児島県生まれ。1979年大阪府立大学大学院農学研究科農業工学専攻修士課程修了後、株式会社景観設計研究所、兵庫県立人と自然の博物館などを経て現職。 主な著書として、『検証・学校ビオトープ』(大阪公立大学共同出版会、2009)、『大阪湾の自然と再生』(大阪公立大学共同出版会、2008)、『生態学からみた里やまの自然と保護』(講談社、2005)、『農学から地域を考える』(大阪公立大学共同出版会、2003)、『身近な森の歩き方』(文英堂、2003)などを分担執筆。
朝倉 哲彦(あさくら てつひこ、1931年8月2日 - 20… 朝倉 哲彦(あさくら てつひこ、1931年8月2日 - 2014年9月14日)は、日本の脳神経外科医、医学者。 鹿児島県出身。1948年鹿児島県立鹿屋中学校4年修了、1955年鹿児島医科大学学士試験合格、1956年医師国家試験合格、国立東京第一病院外科研究員として勤務、1959年鹿児島大学医学部研究員(神経精神科)、1961年助教授、1969年東京女子医科大学講師、1971年助教授、1975年鹿児島大学医学部教授に戻り、1985-1989年附属病院長、1997年定年退官、名誉教授、医療法人猪鹿倉会パールランド病院名誉院長、和風会加世田病院顧問、脳神経疾患研究所付属てんかん研究所所長、2002年慈風会厚地記念放射線医学研究所所長、2005年和風会加世田病院理事長・院長、2012年慈風会厚地脳神経外科・放射線科クリニック院長。
内薗 耕二(うちぞの こうじ、1916年10月9日 - 20… 内薗 耕二(うちぞの こうじ、1916年10月9日 - 2006年10月25日)は、日本の医学者(生理学)。階級は海軍中尉。勲等は勲二等。学位は、医学博士(東京大学・1950年)。東京大学名誉教授、静岡県立大学名誉教授、生理学研究所名誉教授。 東京帝国大学医学部副手、東京大学医学部講師、新潟大学医学部教授、東京大学医学部教授、生理学研究所所長(初代)、岡崎国立共同研究機構機構長(第2代)、静岡女子大学学長(第5代)、静岡県立大学学長(初代)、静岡県立大学短期大学部学長(初代)などを歴任した。 1916年、鹿児島県鹿屋市にて生まれた。 鹿児島県立鹿屋中学校 (旧制)を経て、1937年に第一高等学校理科乙類を卒業後、東京帝国大学医学部医学科に進学して医学を学び1941年に卒業した。